電気と電子のお話

7. 信号と信号線

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7.2. 信号線の特性

7.2.(4-C) 終端の方法とリンギング

7.2.(4-C-a) 終端の方法

◆ 電線の端における反射を防ぐには、終端する必要があります。この、終端の方法には、いくつかの種類があります。
信号の受け側は、一般に負荷です。この負荷自身に、インピーダンスが、ありますから、この負荷のインピーダンスとの、合成インピーダンスが、終端の適正値になるようにします。負荷は、通常、インピーダンスが高いので、図 7.2-35 のように、終端します。図で、RL は負荷のインピーダンス。RT が終端抵抗です。負荷と終端とが並列になっていますから、並列終端 と呼びます。

[図 7.2-35] 負荷のインピーダンスが高いときの終端

負荷のインピーダンスが高いときの終端

◆  これに対して、信号源は、インピーダンスが低いことが多いので、図 7.2-36 のようにします。図の RS は、信号源インピーダンスです。負荷と終端とが、直列ですから、直列終端 といいます。

[図 7.2-36] 信号源インピーダンスが低いときの終端

信号源インピーダンスが低いときの終端

◆  一般に、信号のやり取りは、ドライバレシーバとを組にして、行います。この、ドライバレシーバ系 の終端は、厳密には、図 7.2-37 のように、両側で行う必要があります。図で、(a) は回路、(b) はその等価回路、(c)両側終端 です。しかし、通常は、次に述べるように、片側終端(信号源側、負荷側どちらか一方)で十分です。

[図7.2-37] 両側終端

両側終端


7.2.(4-C-b) リンギングとは

◆  ドライバレシーバ系は、両側終端が、理想です。電線の両側が、共に、適正終端されていれば、反射 は起こりませんから、反射に起因する波形歪みは発生しません。適正終端 とは適正に終端されていることをいいます。
しかし、実用上は、片側終端で、十分です。ただし、両側共に無終端であると、リンギングが発生します。
◆ リンギング とは、信号が、電線の両側で反射する結果として、信号が、電線の中を、繰り返し往復し、波形が振動する現象です(図 7.2-38)。リンギングは、ドライバ側のインピーダンスが低く、レシーバ側のインピーダンスが高いときに発生します。
原理的には、両端における反射が、共に大きい条件であれば、リンギングが発生します。しかし、実際に発生するのは、上記の条件のときだけです。ところが、ドライバレシーバ系は、この、リンギング発生条件を、満たし易いのです。
なお、リンギングは、図 7.2-39 に示すように、電線が持つ、インダクタンス成分とキャパシタンス成分とにより形成される、LC 回路によっても、起こります。

[図 7.2-38] リンギングは信号の繰り返し往復で発生する

リンギングは信号の繰り返し往復で発生する


リンギングの波形



[図 7.2-39] 電線の持つインダクタンスとキャパシタンスによるリンギング

電線の持つインダクタンスとキャパシタンスによるリンギング

◆  図 7.2-38 で、V(IN)()はドライバの出力、V(OUT)()はレシーバの入力です。ドライバ側、レシーバ側 共にリンギングに起因する振動が発生しています。リンギングの大きさは、レシーバ側の方が大きくなっています。信号を受けるのは、レシーバ側ですから、うれしくない現象です。
レシーバのスレッシホールド電圧は、レシーバに機種によって異なりますが、この波形は、誤動作の恐れが、十分にあります。なお、このドライバの出力インピーダンスは 10 Ω、レシーバの入力インピーダンスは 1 kΩ です。この値は、ドライバレシーバ系では、ごく普通の値です。
◆  また、このレシーバ自身が誤動作しなくても、リンギング周波数が高い場合には、この電線から、放射ノイズを出しますから、他に妨害を与える恐れがあります。放射ノイズ とは、放射(電波)の形で放出される ノイズのことです。
リンギングの周期は、信号が、電線を往復する時間の 2 倍です。信号が電線を伝わる速度は、光速の約 0.6 倍ですから、電線の長さとリンギング周波数との関係は、図 7.2-40 のようになります。電線長が、20 cm だとすると、リンギング周波数は、250 MHz です。高速のディジタル回路では、ちょうど問題になる周波数です。

[図 7.2-40] 電線長さとリンギング周波数の関係

電線長さとリンギング周波数の関係

◆  ドライバの出力インピーダンスが低く、レシーバの入力インピーダンスが高いほど、リンギングの振幅は大きく、リンギングの持続時間は長くなります。図 7.2-41 は、極端なケース、すなわち、ドライバの出力インピーダンスがゼロ、レシーバの入力インピーダンスが無限大のときの、リンギングです。この図では、ドライバの出力インピーダンスが、ゼロなので、ドライバ出力のリンギングの振幅が、ゼロになっています。シミュレーションだから、作れる条件です。実際には、ドライバの出力インピーダンスは、ゼロではありませんが、低い値です。

[図 7.2-41] リンギングが激しい極端な条件のとき

リンギングが激しい極端な条件のと


7.2.(4-C-c) 両側終端

◆  電線の両側を、共に、適正終端、すなわち両側終端すれば、反射は起こりません。したがって、リンギングも発生しません(図 7.2-42)。図で、V(1)信号源電圧、V(IN) は電線の入り口、V(OUT) は電線の出口です。この方式では、ドライバ側の終端抵抗による、電圧降下がありますから、電線の入り口電圧は、信号源電圧の、1/2 になっています。なお、電線自体による電圧降下は無視しています。
なお、適正終端とは、ドライバ側はドライバの出力インピーダンスを、レシーバ側はレシーバの入力インピーダンスを、それぞれ、考慮に入れて、それらと終端抵抗との、合成抵抗を適正な終端値にすることです(図 7.2-35図 7.2-36 参照)。

[図 7.2-42] 両側適正終端

両側適正終端のとき
両側適正終端のとき


7.2.(4-C-d) 片側終端

◆  次に、片側のみ終端を試して見ましょう。図 7.2-43ドライバ側だけを適正終端したとき、図 7.2-44レシーバ側だけを適正終端しときの波形です。どちらか一方が終端されていれば、リンギングは発生しません。どちらか一方だけの終端を、片側終端 といいます。どちら側を終端するかは、それぞれ、長所欠点があります。

[図 7.2-43] ドライバ側のみ適性終端

ドライバ側のみ適性終端
ドライバ側のみ適性終端


[図 7.2-44] レシーバ側のみ適性終端

レシーバ側のみ適性終端
レシーバ側のみ適性終端



7.2.(4-C-e) 終端方法の比較

◆  以上の、3 つの終端方法、両側適正終端ドライバ側のみ適正終端、およびレシーバ側のみ適正終端を、比較して見ましょう。
レシーバ側における、リンギングを無くすという目的に対しては、3 つとも満足しています。この目的に対しては、片側終端すれば十分です。両側終端の必要は、ありません。
◆  図 7.2-42 は、両側適正終端です。図は、電線の両端の波形しか示してありませんが、信号は、電線の途中から取り出すことも,あります。バスは、その例です。
両側適正終端では、電線の途中の波形も、遅れの大きさが異なるだけで、同様な波形です。途中の、どこで信号を取り出しても、問題は、ありません。
◆  図 7.2-43 は、ドライバ側のみ適正終端です。この方式は、電線に、定常的な電流を流さないですむという、特徴があります。両側適正終端や、レシーバ側のみ適正終端では、レシーバ側の終端抵抗を通して、電流が流れますから、電線に定常的な電流が流れます。
◆  図 7.2-30 では、電線の入り口 V(IN) が 1 V なのに、出口 V(OUT) が 2 V になっています。このことに疑問を持った読者もいると思います。
実は、この回路信号源は、2 V だったのです。すなわち、レシーバ側はオープンですが、ドライバ側は、適正に終端しています(図 7.2-43)。この、ドライバ側の終端抵抗による、電圧降下で、図の V(IN) が、1 V になったのです。信号源が、2 V ですから、V(OUT) が 2 V になっても、不思議はありません。
◆  図 7.2-30 は、信号波形が、パルスですが、これを、過渡特性で表すと、図 7.2-43 になります。
この図 7.2-43 を使用して、信号が伝わり、端で反射されて戻ってくる状況を、詳しく眺めて見ましょう。
◆ 信号源(V(1))の立ち上り(橙の(a))は、電線を伝わって行きますが、信号源インピーダンスと電線の特性インピーダンスとで分圧されますから、その電圧は 1 V です(赤線橙の(b))。そして、電線の出口に到着します(V(OUT)の立ち上り、橙の(c))。到着したのは 1 V ですが、反射波が発生するので、到着波と反射波とが、合算されて、2 V になります。この 2V の内、反射波分(1V)が、電線を逆に戻って行きます(赤線の 1V橙の(d))。そして、電線の入り口に到着します(赤線の 2 V への立ち上り、橙の(e))。
◆  この方式は、多く使用されるので、波形の実例を示します(図 7.2-45)。図の、ダンピング抵抗 が、ドライバ側の終端抵抗です。リンギングを押さえるので、ダンピングの名が付いています。終端の効果が、良く現れています。ちなみに、この電線の特性インピーダンスは、50 Ωです。

[図 7.2-45] ドライバ側のみ適正終端の実例

ドライバ側のみ適正終端の実例

◆  図 7.2-44 は、レシーバ側のみ適正終端です。電線の出口側の波形は、ドライバ側のみ適正終端と同じです。しかし、電線に定常的な電流が流れます。省エネの立場から、通常は、使用されません。
この方式にも、長所があります。ドライバ側のみ適正終端では、電線の入り口において、信号の立ちあがりのときに、トランジェントがあります。レシーバのみ適正終端には、このトランジェントがありません。トランジェントが無いという点では、両側適正終端でも、同じですが、レシーバのみ適正終端は、レシーバ側の電圧レベルが、両側適正終端の 2 倍ありますから、この点で有利です。

7.2.(4-C-f) 信号の立ちあがり速度の影響

◆  以上,リンギングを無くす手段として、終端の各種の方法について、述べてきました。
このほかに、リンギングを無くし、または無視できる方法として、信号立ちあがり、立下りを遅くするという方法があります。
◆  ディジタル信号伝送速度が、遅かった時代には、リンギングは、あまり問題になりませんでした。それは、当時の、初期のディジタル IC が遅かったからです。
ディジタル IC の遅れは、通常、プロパゲーションディレイで評価されます。しかし、リンギングの場合に、問題になるのは、プロパゲーションディレイではく、立ち上がり時間(tr)/立ち下り時間(tf)です。ただし、プロパゲ−ションディレイが短いものは、立ちあがり/立ち下がりも短いという、おおよその関係は、あります。
◆  最近の高速 IC では、信号の立ち上がり速度が速いので、リンギングを考慮しなければならないことが、多くなっています。
リンギングは、信号の立ちあがり速度に、大きく支配されるからです。
しかし、現在でも、通常のディジタル IC を、通常の回路、通常の基板で、使う場合には、リンギングを気にしないで済むことも、多いと思います。
◆  リンギングは、信号の反射に起因して発生する現象です。適正に終端されていない限り、反射は、必ず発生します。しかし、反射があっても、リンギングが、発生しない条件があります。それは、信号の立ち上り/立下り速度が、遅い場合です。
◆  レシーバ側がオープンのときを考えます。多くの回路は、レシーバ側オープン、ないしは、それに近い条件で使用しますから、一般性を失いません。
ドライバ側が適正終端のときの波形を、図 7.2-46 に示します。信号が電線を通過する時間を Tt として、信号の立ち上り時間は、図の、:10 ns(十分速い)、 : 7.5 μs(=1/2 Tt)、 : 15 μs(=Tt)、 : 30 μs(=2 Tt)、 : 60 μs(=4Tt) です。

[図 7.2-46] ドライバ側適正終端のとき

ドライバ側適正終端のとき

◆  いずれの場合も、反射があり、それによって波形が歪んでいます。
しかし、信号の立ち上がり時間が、信号が電線を往復する時間に等しいとき(黄色)は、波形は見かけ上、歪んでいません。また、信号の立ち上がり時間が、それ以上のときは、ドライバ側においても、波形の歪み方は、あまり目立ちません。レシーバ側は、さらに緩やかです。
以上から、次のように、まとめることが、できます。
「信号の立ち上り時間が、信号が電線を往復する時間、またはそれより長いとき、信号は歪むけれども、あまり、目立たない」
◆  次に、リンギングが発生する条件を調べて見ましょう(図 7.2-47)。この図も、レシーバ側で評価します。図において、立ち上り時間は、 : 10 ns(十分速い)、 : 15 μs(=Tt)、 : 30 μs(= 2 Tt)、 : 60 μs(= 4 Tt)、 : 120 μs(= 8 Tt) です。Tt は、図 7.2-46 と同じです。

[図 7.2-47] リンギングが発生する条件

リンギングが発生する条件

◆ リンギングが発生する条件のときは、信号の立ち上りを遅くしても、リンギングは無くなりません。しかし、信号の立ち上り時間が、信号が電線を往復時間の 2 倍または、それよりも長いときは、リンギングは、無視できる程度に、小さくなっています。


7.2.(4-C-g) 信号源インピーダンスの影響

◆  リンギングの大きさを押さえる、もう一つの方法は、信号源インピーダンスを高くすることです。図 7.2-48 は、信号立ち上り時間が十分に短いという条件の下で、信号源インピーダンスを変えたものです。信号源インピーダンスを Rt とすれば、 : Rt ≒ 0、 : Rt = 3、 : Rt = 10、 : Rt = 50 (各 Ω)です。信号源インピーダンスを高くすることによって、リンギングが小さくなっていることが分かります。
図には示されていませんが、この電線特性インピーダンスは、100 Ωですから、信号源インピーダンスを 100 Ωにすれば、リンギングはゼロのはずです。

[図 7.2-48] 信号源インピーダンスの影響

信号源インピーダンスの影響



7.2.(4-C-h) リンギングが小さい条件のとき

◆  次に、リンギングが小さい条件のときを検討して見ましょう。すなわち、信号立ち上り時間が、信号が電線を 2 往復する条件のときです(図 7.2-49)。信号源インピーダンスは、図 7.2-48 と同じです。黄色を除いて、リンギングは、ほとんどありません。その黄色も、リンギングは十分に無視できる程度です。

[図 7.2-49] リンギングが小さい条件のとき

リンギングが小さい条件のとき



7.2.(4-C-i) リンギングとフィルタ

◆  一般に、高速なほど、リンギングが大きいと言われています。しかし、高速ということが、ディジタル信号の繰り返し周波数であるとすれば、これは、正しくありません。リンギングの大きさは、信号立ち上り時間に依存します。信号の繰り返し周波数には、無関係です。
ただし、信号の繰り返し周波数が高い回路には、通常、高速の素子を使用します。高速の素子は、信号の立ち上り時間が短いので、結果的には、上記のことが、成立する傾向は、あります。
◆  「大は小を兼ねる」という格言がありますが、素子の高速性に関しては、この格言は、当てはまりません。必要以上に高速な素子を使うと、リンギングが発生する確率が高くなります。必要以上に、高速の素子を、使わないことが、重要です。
◆ 使用する IC の機種を統一する目的などで、必要以上に高速な素子を使うことも、あります。必要以上に高速な素子(ドライバ)を使用したために、リンギング発生の恐れがある場合には、ドライバ側に終端抵抗(ダンピング抵抗)を入れることが、有効です。フィルタは、通常不用です。
単にリンギングを押さえるだけでなく、さらに、フィルタ効果をも得るために、フィルタを挿入するときも、あります。このときは、一般のフィルタでは、フィルタ効果が得られません。一般のフィルタには、損失がありません。
◆  リンギングを押さえるためには、損失が必要です。リンギングが発生する条件のときに、損失が無いフィルタを使用しても、リンギングを押さえることができません(図 7.2-50) 。図のフィルタには、純粋なインダクタを使用しています。純粋なインダクタンスは、損失がありませんから、リンギングが減衰しません。
実際には、損失が真にゼロのフィルタ(抵抗成分がゼロのフィルタ)は、存在しません。しかし、損失が小さいフィルタでは、これに近い状態となり、リンギングが長く続きます。

[図 7.2-50] 損失の無いフィルタを使用すると

損失の無いフィルタを使用すると

◆  フィルタには、損失が小さく、この意味で理想的なフィルタと、故意に損失を大きくしたフィルタとの、2 種類の製品が、あります。リンギング防止に使用するフィルタには、損失の大きなフィルタを使用する必要があります。
◆  (プリントパターンを含む)電線に使用するフィルタに、フェライトコア (フェライトビーズ )(図 7.2-51)を使用した製品があります。コア単体ではなく、フィルタの形に仕上げたものもあります。
フェライト は、酸化鉄(Fe2O3)を主成分とする磁性材料で、飽和磁束密度は低いのですが、抵抗率が高く、渦電流を無視できるという、特徴があります。

[図 7.2-51] フェライトコア

フェライトコア      フェライトコア

◆  フェライトコアを使用して信号の波形を改善した例を、図 7.2-52 に示します。(a)は フィルタ無し、(b)(c)(d)は、フィルタ有りで、(b)、(c)、(d)の順にそのインダクタンスを増加させた例です。

[図 7.2-52] フェライトコア使用例

_フェライトコア使用例    _フェライトコア使用例

_フェライトコア使用例    _フェライトコア使用例

◆  (b)は、リンギングが若干残っています。(d)では、ドループが観測されます。ドループ というのは、トランスインダクタにおいて、その特性が、図の(c)のように、水平であるべきところが、図の(d)のように、立ち下がってしまう現象です。図で見た感じでは、(c)が最も良いように思われます。
しかし、この波形がディジタル信号の場合には、(d)の方が、優れています。このことは、この電線から放射される放射ノイズを比較すると分かります(図 7.2-53)。図の(c)は図 7.2-52 の(c)に、図の(d)は図 7.2-51 の(d)に対応するものです。図の(d)は、図の(c)と比べて、放射ノイズが、少なくなっていることが分かります。図は、放射のイズを、スペクトラムアナライザで測定したものです。

[図 7.2-53] 電線からの放射ノイズ

_電線からの放射ノイズ    _電線からの放射ノイズ
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