◆ ディジタル IC には、そのパッケージに収容されているロジックの種類によって、機種 があります。機種は、形番(図 5.2-3 の xxx の部分)によって識別されます。この形番の番号は、多くのファミリで、共通になっています。たとえば、##74HC00 と ##74LS00 とは、ロジックの種類、素子数、ピン配置などが、同一です(図 5.2-15)。
◆ 形番の番号は、最初に開発された ロジックファミリである、ノーマル TTL の発売順に付けられました。番号のはじめの方は、ほとんどが、ゲートです。ゲート は、基本的な組み合わせ論理の IC のことです。
ピン数は、14 ピンからスタートし、必要に応じて、ピン数の多いものが、でてきます。
◆ 通常は、ここで、各機種の紹介になるところです。しかし、現在では、このロジックファミリ自体が、あまり多くは、使われていませんから、簡単なレビュウに止めます。
70 番台に入ると、フリップフロップ(FF)が現れます。RS FFは、ゲートで簡単に作れますから、ノーマル TTL の製品としては、ありません。最初に作られた FF は、JK FF と呼ばれるものですが、現在では、使われていません。現在使われている FF は、D FF です(図 5.2-16)。D FF は、クロック入力(CLK)の、立ち上がりエッジで動作するので、エッジトリガ タイプといいます。図中、4、5 行目の Clock の記号は、立ち上がりを、8 行目の記号は、立ち下がり意味します。
◆
D FF 自体は、データ(D)入力と、クロック(CK)入力とで動作します。しかし、その他に、プリセット/クリア入力があります。このプリセット/クリア入力は、RS FF として動作します。しかも、D FF 自体の動作よりも優先します。これは、パワオンリセット呼ばれる処理を行う必要があるからです。電子回路を動作させるときは、最初に電源を投入します。これをパワオン と呼んでいます。
◆ パワオンしたとき、何もしないと、FF の初期状態(出力 Q、Qのハイ/ロー)は、どちらになるか不定です。しかし、パワオンしたとき、FF がセットであるか、リセットであるかは、決まっていないと困ることが、多いのです。パワオンしたとき、FF がセットであるか、リセットであるかを決める回路が、パワオンリセット 回路です(図 5.2-17)。
図でオープンドレイン というのは、普通の CMOS の出力ではなく、nMOS 単体で、そのドレインが出力になっているものです。したがって、その出力を、プルアップする必要があります。図の抵抗 R は、そのプルアップ抵抗です。
◆ パワオンリセット信号は、図 5.2-18 のようになります。パワオンリセット信号を、D FF のプリセットまたはクリアに入力しておくことによって、パワオン時に、セット/リセットいずれになるかを決めることができます。
◆ ディジタル IC は、ハイとローとが確実に識別できれば、それで十分です。したがって、ディジタル IC の電気的仕様は、かなり緩いものです。CMOS(HC シリーズ)を例に取ると、図 5.2-19 のように規定されています。ここで、VIH は素子の入力電圧のハイ側の許容限度 、VIL は素子の入力電圧のロー側の許容限度です。また、VOH は素子の出力電圧のハイ側の、VOL は素子の出力電圧のロー側の許容限度です。許容限度とは、その値を超えると誤動作の恐れがある値のことです。
◆ 図から分かるように、前にある素子の出力電圧と、その出力を入力する素子との間には、1.4 V の余裕があります。ノイズによって、入力電圧が変化しても、その変化が、1.4 V 以内であれば、誤動作を起こすことは、ありません。この余裕電圧のことを、ノイズマージン といいます。
◆ CMOS の動作は、電源電圧に比例しますから、電源電圧が異なるときは、ノイズマージンの大きさも、電源電圧に比例して変化します。
ディジタル IC は、このノイズマージンがあるおかげで、通常の使用環境では、誤動作することなく、使用することが、できます。このノイズマージンがあることが、ディジタル IC の使いやすさに、なっています。
◆ ディジタル IC には、遅れもあります(図 5.2-20)。出力が、ローからハイに移行するときの遅れ TPLH と、出力がハイからローに移行するときの遅れ TPHL があります。CMOS の構造は対称(図 4.3-11)ですから、TPLHと、TPHL は同じ値です。この遅れ(TPLH と TPHL)は、入力が変化してから、出力が変化するまでの時間です。これをプロパゲ-ションディレイ (TPD 、伝播遅延時間 )といいます。この遅れのことを、スイッチング特性 とも呼んでいます。
◆ ディジタル IC にも、データシート があります(図 5.2-21。なお、図の(b)で see Figure 1 とあるのは、図の(a)のことです。
[図 5.2-21] CMOS ファミリのデータシートの例
(a)
◆ IC のデータシートには、推奨動作条件 (リコメンデッドオペレーティングコンディション) と、推奨動作条件における、特性値が記載されています。この表は、推奨動作条件における、特性値です。
推奨動作条件以外の特性値についての図表も、記載されていますが、省略してあります。
◆ ディジタル IC は、同じファミリであれば、その出力に、複数の IC を接続することができます。しかし、特別な IC を除いては、一般には、複数の IC の出力を、1 つに集めることはできません(図 5.2-22)。出力を互いに接続すると、図の(b)のように、ショートしてしまいます。なお、図では、分かりやすいように、IC の動作を、スイッチで表してあります。
◆ 同じファミリに属している IC 相互間において、1 つの IC 出力に、接続することができる IC 入力の数を、ファンアウト といいます。異なったファミリ間でも、相互にノイズマージンを取ることができれば、接続することが可能です。この場合の接続可能数も、ファンアウトといいますが、ファンアウト数は異なります。
◆ ファンアウトは、一般に、出力側 IC 出力の電流駆動能力と、入力側 IC 入力の電流値とから決まります。しかし、CMOS 入力の電流消費量は、ほぼゼロです。この意味では、きわめて多数の IC を接続することができます。しかし、実際には、別の制約から、接続可能数が存在します。この接続可能数も、ファンアウトと呼びます。
◆ CMOS を相互接続したときの、等価回路を、図 5.2-23 に示します。
◆ これは、RC フィルタです。したがって、図 2.3-12 の緑(図の最も左の波形)に示した遅れ波形になります。この遅れの大きさが、許容値以内に入っていることが必要です。ただし、これを計算するためには、CMOS の出力抵抗(出力インピーダンス)の値が必要ですが、CMOS のデータシートには、この値は記載されていません。
◆ この許容値は、システムによって異なります。しかし、おおよその目安として、次のように、考えれば良いでしょう。
ファンアウトが、5 以内であれば、データシートに記載されている特性値を満足します。ある程度の遅れを許容する場合は、ファンアウトを 50 程度取ることができます。
◆ CMOS は、ノイズに強く、消費電力が低い、優れたファミリです。しかし、CMOS にも弱点があります。以下に示す注意を守って使用する必要があります。
◆ (1) 未使用入力の処理
CMOS に限らず、ディジタル IC の未使用入力 は、オープン (開放)のままにしておかないで、プルアップ またはプルダウン する必要があります(図 5.2-24)。プルアップとは、図のように、抵抗を介して信号線を、電源に接続すること、プルダウンとは、信号線をグラウンドに接続することです。CMOS の入力は、オープンのままだと、ハイインピーダンス (高インピーダンス)です。ハイインピーダンスだと、静電気が帯電して、異常な電圧が掛かり、正常に動作しなくなります。異常電圧によって、素子を破壊する恐れもあります。
◆ 図で,プルアップは、抵抗を介して電源に接続しています。これは、素子が壊れたときにショートするのを避けるためです。
未使用入力処理は、使用素子だけでなく、未使用素子 に対しても、行う必要があります。未使用素子自体は、破損しても差し支えありません。しかし、処理を行わないで、素子が破壊した場合には、その破壊が、付近の使用している素子まで、道連れにして破壊してしまう恐れが、あるからです。
プルアップにするか、プルダウンにするかは、図に示したように、素子の論理に影響を与えない方にします。
◆ (2) 貫通電流
CMOS は、スイッチング時に、電源からグラウンドに突き抜ける、大きな電流が流れます(図 5.2-25)。これは、P チャンネルと N チャンネルの MOS が同時にオンとなるタイミングが存在するからです。これを貫通電流 といいます。この貫通電流のために、電源電圧が変動し、その電源電圧の変動が、他の回路に影響する恐れがあります。
◆ 貫通電流は、通常のディジタル動作のときは、大きな影響を及ぼすほどには、大きくありません。通常のパスコン(コラム 2.5-2)で、十分に対策できます。しかし、入力電圧の変化速度が、非常に遅いときは、大電流が流れ続ける時間が、長くなります。このため、他に影響を与える可能性があります。最も激しいときは、この大電流のために、自分自身を破壊してしまうことが、あります。この理由から、CMOS のデータシートでは、入力信号の立ち上がり時間の最大値を規定しています(input transition rise/fall time)。
◆ バッファと呼ばれる IC があります。バッファ は、論理的には、何もしない IC です(図 5.2-26)。しかし、役に立つ IC です。なお、バッファと同じ目的に使用し、ハイ/ローの反転を兼ねる、高電流駆動能力の インバータ IC もあります。
◆ 普通のディジタル IC は、ハイかローかを判定する、スレッシホールド電圧を 1 個持っています。そして、信号電圧が、スレッシホールド電圧よりも高いか、低かで、1 か 0 かを判定します。
信号電圧が、ハイからローへ、または、ローからハイに、急速に変化する場合は、これで、何も問題は、発生しません。しかし、信号が、ゆっくり変化するときは、図 5.2-27 に示すように、出力が、ばたつきます。本来の信号が、滑らかに変化する場合であっても、高周波のノイズが重畳しますから、やはり、図のようになることが多いのです。
◆ 用途によっては、このような、ばたつきがあっても差し支えない場合もあります。しかし、パルス数をカウントするような用途では、誤動作につながります。これは、CMOS に限ったことではなく、一般的な問題です。対策として、ヒステリシス特性を持った、シュミットトリガ と呼ばれる IC を使用します。
ヒステリシス特性 というのは、図 5.2-28 に示す特性です。
◆ いま、入力電圧を、A 点から、(E 点を経由して)、B 点まで上げます。ここで、入力電圧を下げると、ヒステリシス特性を持たない、普通の場合には、同じ経路、すなわち、(E 点を経由して)、A 点に戻ります。
◆ ところが、ヒステリシスがある場合には、A 点から(E 点を経由して)、B 点に達した後に、入力電圧を下げると、B、C、F を通って、D 点になります。A 点に戻すためには、D 点から、さらに、入力電圧を上げてやる必要があります。そして、もっと、入力電圧を上げると、A、E、のようになります。
ここで、E 点から入力電圧を下げると、E、(緑の経路)、F、D のように移行します。
要するに、ヒステリシス特性は、入力電圧を、上げるときと、下げるときとで、経路が異なります。そして、入力電圧の変化方向を変えたときは、一時的に、出力電圧が、変化しないのです。
◆ ヒステリシス特性は、機械系では、ガタと呼ばれており、一般には、好ましくない特性です。しかし、毒も使いようによっては、薬になります。シュミットトリガ IC は、ノイズ対策に使われています。
シュミットトリガ IC は、ヒステリシス特性を有する IC です。ヒステリシス特性は、図 5.2-29 に示すように、スレッシホールド電圧を、2 つ持ことによって、実現します。
シュミットトリガ特性によって、ノイズによる出力の、ばたつきが無くなります。シュミットトリガ(インバータ)の図記号は、図に示す通りです。出力が反転しない、バッファタイプの製品もあります。
◆ 仮に、入力信号が滑らかに変化する場合であっても、入力が、ゆっくり変化する場合には、シュミットトリガの、出番があります。入力が、ゆっくり変化すると、普通の CMOS IC では、大きな貫通電流が流れます。シュミットトリガでは、入力信号が、ゆっくり変化しても、出力は、シャープに変化しますから、貫通電流の大きさは、通常です(図 5.2-30)。
◆ スリーステート (トライステート )と呼ばれる IC があります。この IC は、出力を互いに接続することができます。スリーステート IC は、出力をオープン(電源にも、グラウンドにも繋がっていない状態)にすることができるからです(図 5.2-31)。出力が、通常の、ハイ、ローの他に、オープン という第 3 の状態を有することから、スリーステートと名付けられたものです。スリーステート IC では、出力をオープン状態にするための、制御端子を持っています。バッファタイプとインバータタイプとがあります。
◆ スリーステート IC を使用しても、その出力を互いに接続したときは、同時に 2 つ以上の素子をアクティブにすれば、出力の競合が起こります。、同時に 2 つ以上の素子をアクティブにしないように、制御する必要があります。
★ バッファは、緩衝 の意味です。ディジタル IC のバッファも、図 5.1-26 に示したように、「下流側の影響を上流側に及ぼさない」という意味で、緩衝の役割を果たします。自動車のバンパーも、衝突時の衝撃を緩めますから、一種のバッファです。
★ ただし、最近のバンパーは、写真に示すように、車体の中に取り込まれています。昔は、ピカピカのバンパーが、むき出しでした。
★ コンピュータのバッファメモリも、緩衝の意味を持っていますが、むしろ、一時的に蓄えるという意味が、濃厚です。
★ 化学の方では、バッファは、緩衝溶液のことです。溶液が、酸であるか、アルカリであるかは、pH(ペーハー)を測定します。酸でもアルカリでもない中性は、pH = 7 です。このpH が 7 の付近では、液の濃度が少し変わると、pH は大きく変化します。緩衝溶液では、特定の物質を添加することによって、pH の変化を緩やかにします。
★ 下の写真は、どちらも、はじめは、ph 7.5 ですが、夫々の写真の、左側のビーカーは、緩衝溶液になっています。また、夫々には、溶液がアルカリ性のとき青色になる試薬を入れてあります。
★ ここで、夫々の写真の右側のビーカーに、アルカリ液を入れて、溶液をアルカリ性にします。左側の写真では、溶液が緩衝溶液ですから、右側のビーカーにアルカリ液を入れても、ph は変化せず、したがって、液の色は変わりません。
右側の写真の溶液は、緩衝溶液ではありませんから、アルカリ液を入れたことによって、青色に変化しています。