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回路図の上では、信号線は、理想的な特性を持っています。回路図上の信号線は、ゼロインピーダンスです。信号は、信号線上を、減衰や歪なしに、瞬間的に、伝わります。しかし、現実の信号線には、各種の特性が、あります(図 7.2-1)。まず、信号線には抵抗がありますから、信号線に電流が流れると、電圧降下によって、信号が減衰します。そして、その減衰には、周波数特性がありますから、波形が歪みます。またさらに、信号は信号線を、波(波動)として、一定の速度で伝わります。また、波動なので、反射の現象があり、反射による、波形の歪みがあります。
ここでは、これらの信号線の特性について、解説します。
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抵抗は、原理的には、周波数特性は、無いはずです。しかし、実際には、信号の周波数が高くなると、抵抗が増加します。これは、信号の周波数が高くなると、電流は、信号線の表面だけを流れるので、実質的に、抵抗が増加してしまうからです(図 7.2-2)。図は、マイクロストリップラインと呼ばれる、信号線における、電流の分布です。図で、赤は、電流密度が高く、紫は電流密度が低いことを表しています(虹の色と同じ順序です)。周波数が高くなると、電流は、表面だけを流れていることが分かります。
電流密度 とは、電流に垂直な単位面積当たりの電流の強さのことです。
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高周波で、電流が、導体の表面だけを流れる現象を、表皮効果 といいます。この例は、マイクロストリップラインですが、表皮効果は、全ての電線などに見られる現象です。
◆ マイクロストリップライン というのは、プリントパターンにおける、信号線の形態の名称で、図 7.2-3 のような構造になっています。マイクロストリップラインは、プリント基板が、グラウンドプレーンを有することが、前提です。マイクロストリップラインは、信号線であり、マイクロストリップラインの戻り線は、グラウンドプレーンです。
◆ 調理器具の一種に、IH クッキングヒーター (IH 調理器 、電磁加熱ヒーター 、電磁誘導加熱ヒーター 、電磁調理器 )があります(図 7.2-4)。その原理は、図に示すように、磁力発生コイルで発生させた磁力線によって、鍋に渦電流を発生させます。この、鍋に流れる電流は、表皮効果によって、鍋の表面だけにしか流れません。このため、抵抗が大きく、その大きな抵抗に、比較的大きな電流が流れるので、発熱量が、大きいのです。
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そして、鍋自体を発熱体にしているので、鍋の外側から加熱する、普通の加熱方法に比べて、高い熱効率が、得られます。なお、IH クッキングヒーターは、図に示すように、鉄(磁性体)の鍋であることが、必要です。ガラスや陶器は、勿論のこと、銅やアルミの鍋も使用できません。
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なお、表皮効果における、電流が流れる層の厚さは、加える周波数の平方根に逆比例しますから、周波数が高いほど、表皮効果が高くなります。
抵抗自体が、周波数特性を持っているのでは、ありませんが、見かけ上、抵抗が、周波数特性をもっていることに、なります。
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表皮効果は、信号線が、短いときでも、起こる現象ですが、信号線が長くなると、信号線は、周波数特性を持つようになります。信号線が、短いときは、信号線は、抵抗成分だけとみなして差し支えありませんが、信号線が長くなると、抵抗だけとは、みなすことができなくなり、キャパシタンス成分と、インダクタンス成分とが、効いてくるからです。
信号線の周波数特性を、考慮する必要がある場合であっても、信号線の長さが、それほど長くないときは、信号線の周波数特性は、集中定数系で、近似して表すことが、できます。しかし、信号線が長いと、その周波数特性は、分布定数系とみなす、必要がでてきます。
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集中定数系 (集中系 )とは、システムを、(時間を独立変数とする)微分方程式で近似できる、システムのことです。これに対して、分布定数系 (分布系 )とは、システムを、時間だけでなく、(長さと時間とを独立変数とする)偏微分方程式で表すことが、必要なシステムです。
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集中定数系では、信号線を、抵抗 R、キャパシタンス C、インダクタンス L とで、図 7.2-5 のように表すことができます。これは、フィルタ(LC フィルタ)と同じです。
◆ 分布定数系は、偏微分方程式で、表されますが、偏微分方程式は、集中系の、カスケード接続で、近似することができます(図 7.2-6)。
[図 7.2-6] 信号線を集中系のカスケード接続で近似する
◆ 信号線の周波数特性を、同軸ケーブルを例に取って、図 7.2-7に示します。ここでは、信号線の一般的な特性について述べます。同軸ケーブルに関する具体的な説明は、後になります。
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図は、周波数特性を、減衰量 で示してあります。また、縦軸は、減衰量を dB で表したものを、さらに対数を取ったものに、なっています。したがって、対数の対数です。これは、特性曲線を、(周波数が高い範囲で)ほぼ直線で表すための細工です。
減衰量の対数では無く、信号線の周波数特性を、通常の周波数特性の形(縦軸がゲイン(dB))で表せば、定性的に、図 7.2.8 のようになります。この特性から、周波数の高いところの減衰が、激しいことが分かります。
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さて、図 7.2-7を見ると、信号線が、太いほど(図で下の方ほど)、減衰量が小さいことが分かります。これは当然のことです。
周波数が高いところでは、特性曲線が、ほぼ、1/2 の傾斜(横軸 1 に対して縦軸が 1/2)になっています。このことは、対数グラフの性質から、減衰量が、ほぼ、周波数の平方根の比例して、増加していることを意味します。理論的にも、信号線の減衰量(dB 表示)は、周波数の平方根に比例します。
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ただし、周波数が、十分に低いところでは、減衰量は、周波数に依存しない、一定値になります。図では、一定になった領域は、ほんの僅かしか、示されていませんが、周波数の低い方に、ずっと、延びています。ただし、この減衰量が一定になる領域は、同軸ケーブルを、通常使用する範囲よりも、周波数が低い領域です。
◆ 電話ケーブルの周波数特性(図 7.2-9)も、大雑把に言うと、同軸ケーブルと同じ形です。同軸ケーブルは高周波用、電話ケーブルは低周波用と言われていますが、周波数特性の形が、異なるのでは、ありません。電話ケーブルのほうが、減衰量の絶対値が、同軸ケーブルよりも、高いと言うことです。しかし、通常は、同軸ケーブルよりも、低い周波数で使用しますから、使用周波数範囲での減衰量は高くは、ありません。
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電話ケーブルでは、周波数が高くなると、減衰量は、周波数の平方根よりも、激しくなります(図の周波数が高いところで、特性の傾斜が強くなっています)。
これは、信号線を囲む、絶縁層やシース(図 7.1-10 参照)による、損失が大きくなり、この分が加算されるからです。電話ケーブルは、元々は、低周波用ですから、絶縁や、シースの材質は、高周波用では、ありません。
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しかし、要は、必要な特性が満足されれば良いのです。電話ケーブルであっても、必要な特性が満足されるなら、たとえば、短距離、高い減衰量が許容される場合などでは、高周波で使用することが、できます。
なお、必要な特性とは、単に減衰量だけでなく、クロストークなど、各種の特性が、満足されることが必要です。
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電話ケーブルによる、実験例を示します。
電線の周波数特性によって、信号の波形は、歪みます。ただし、信号に含まれる周波数が単一、すなわち正弦波形であれば、周波数特性による減衰量が大きくても、信号の振幅が小さくなるだけです。波形の変化はありません。
しかし、信号波形がパルス波形のときは、角の部分に高調波を含んでいます。電線の周波数特性によって、高い周波数成分が減衰しますから、基本周波数が単一であっても、角が丸くなります(図 7.2-10)。なお、この実験では、電線の入り口で、すでにある程度角が取れた波形ですが、傾向は分かると思います。
信号は、一定の速度で、ケーブルを伝わります(7.2.(4-A-a)参照)。図で、(a) の 1 のパルスは、(b) では 2、(c) では 3、(d) では 4 と、進んでいます。
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信号は、角の部分に高い周波数成分を含んでいます。したがって、上述のように、電線の周波数特性によって、角の部分が丸くなります。しかし、一般には、それだけでなく、基本波自体が、ある周波数帯域を持っています。電線の周波数特性が激しいと、これが原因となって、波形が、大きく歪みます(図 7.2-11)。
図の(a)は電線が短くて、減衰量の絶対値が小さいときです。周波数特性は、緩やかですから、波形の角が取れた程度の波形です。大きな波形の歪は、ありません。
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図の(b)は、電線が長く、減衰量が大きいので、周波数特性が激しい条件のときの、波形です。電線が長いので、信号が電線を伝わるのに要する時間が大きく、対応する波形が、図の橙色の線のように、ずれています。
また、周波数特性が激しいので、信号周波数の高いところと低いところとで、信号の振幅が大幅に異なっています。このため、(b)では、信号周波数の変わり目のところで、大きなトランジェントが発生しています。
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この信号が、ディジタル IC の波形信号であれば、(b)の波形は、図の↑印のところが、スレッシホールド電圧(図の青線)に達していませんから、誤動作になってしまいます。
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電話ケーブルは、ツイストペアケーブルと呼ばれる、2 本が組みになったケーブル、または、カッドと呼ぶ、4 本が組になったケーブルを基本とし、これを、多対にまとめたケーブルです。
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ツイストペアケーブル (対より線 、対撚線 )は、信号の往きと復リとを、より合わせた構造になっています(図 7.2-12)。その、1 撚りの長さを、ツイストのピッチ といいます。
ツイストペアケーブルは、普通のケーブル(平行ケーブル )とくらべて、優れた特性を持ったケーブルです。高周波では、同軸ケーブルの方が優れた特性を持っていますが、ツイストペアケーブルは、かなり広い周波数帯域にわたって、使用可能です。
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ツイストペアケーブルは、平衡の特性を持っています。
平衡な特性を持ったケーブルは、実用上ツイストペアケーブルだけなので、ツイストペアケーブルのことを、平衡ケーブル とも呼んでいます。完全に平衡であるためには、往復の線が、物理的に同じ場所を通らなければなりません。しかし、これは不可能です。最も平衡に近いケーブルが、ツイストペアケーブルなのです。
平衡だということは、2 本の線の、往きと復りが、完全に対等である、ということです。2 本の線が対等であると、たとえば、外部からのノイズの影響を受けません。ツイストペアケーブルは、これに近いのです(図 7.2-13)。図で、外部からの一様な磁界(変化)によって発生する電圧は、ツイストペアケーブルでは、打ち消されますが、平行線では、加算されています。
[図 7.2-13] ツイストペアケーブルはノイズを受けない
◆ 逆に、ツイストペアケーブルは、外部にノイズを出しません(図 7.2-14)。ツイストペアケーブルによって発生する磁界(変化)は、打ち消されますが、平行線では加算です。なお、この 2 つの図は、磁界を例にとっていますが、電界についても同様です。
[図 7.2-14] ツイストペアケーブルはノイズを出さない
◆ ただし、ツイストペアケーブルも、ツイストのピッチが等しいと、同一ケーブル内の、他のペア線に対するクロストークには、効果がありません。図 7.2.15 の(a)ようになり、発生する電圧が、互いに加算に、なってしまうからです。しかし、(b)のように、互いの撚りのピッチが異なると、打ち消し合いますから、ツイストの効果があります。図では、ちょうど 2 倍になっていますが、互いにピッチが異なっていれば、それで十分です。すなわち、2 つのピッチの、最小公倍数の長さの間で、打ち消されます。
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ツイストペアケーブルの、実際の製品は、2 種類に大別されます。一つは、電話ケーブルです。電話ケーブルは、同一ケーブル内の、クロストークを打ち消すために、互いのピッチを変えてあります。これに対して、たとえば、コンピュータケーブルと呼ばれているケーブルでは、ピッチが揃っています。
電話ケーブルは、長距離を引くケーブルですから、クロストーク対策が重要です。しかし、コンピュータケーブルは、短距離が前提ですから、クロストークの大きさは、無視できます。
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電話ケーブルと、コンピュータケーブルとでは、ツイストのピッチの長さも、異なります。電話ケーブルのピッチは長く、コンピュータケーブルでは短くなっています。
信号やノイズの周波数が高いということは、波長が短く、信号やノイズの周波数が低いということは、波長が長いと言うことです。ツイストのピッチは、この信号やノイズの波長を考慮して、作られています。
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カッド (星形 )は、4 本が 1 組ですから、1 カッドを、2 回線として、使用します(図 7.2-16)。カッドでは、第 1 種線心と第 2 種線心、第 3 種線心と第 4 種線心とをペアにして使用します。
カッドを使用するのは、ツイストペアケーブルよりも、ケーブル径を細くでき、減衰量も、ツイストペアケーブルより小さくなるからです。
カッドは、他のカッドに対しては、ツイストペアケーブルと同等の性質を有し、クロストークも小さいのです。しかし、同一カッド内の他のペア線に対しては、そのような効果は、ありません。
◆ 電話ケーブルは、シールドケーブルが、多く使用されています。このシールドケーブル のシールドは、1 括シールド が普通です(図 7.2-17)。ただし、一括シールドケーブルは、ケーブル全体を、外部とシールドしますが、ケーブルの内部の線間に対しては、シールドの効果は、ありません。同一シールド内のペア線は、互いにピッチを変えてあれば、個別にシールドしなくても、クロストークを、避けることが、できます。
★ ケーブルという言葉から、何を連想するでしょうか? ここを読んでいる読者なら、電線、ケーブルの、ケーブルかも知れません。
しかし、一般には、ケーブルカーのケーブルを思い浮かべるでしょう。ケーブルカーでは、市内を走る、サンフランシスコのケーブルカーが、有名です。サンフランシスコのケーブルカーでは、写真のように、人がデッキに乗って走っています。この乗り方は、日本なら違法乗車で取り締まられますが、サンフランシスコでは、合法的な乗り方だそうです。
★ ケーブルテレビのケーブルを連想する人もいるでしょう。インターネットの検索(グーグル)でも、ケーブルで検索すると、上位には、ケーブルテレビ会社のホームページが、並びます。
★ 最近では、ケーブルカーよりも、ロープウェイの方が多くなっているようです。ロープウェイの方が、多分、建設費が安いのでしょうが、子供達の人気も、ロープウェイの方が上です。
★ ケーブルの、元の意味は、針金や大麻を撚り合わせた太い綱、と言う意味です。一方コードという言葉もあります。ただし、コードは、cord と code がありますから、それによって、意味が異なります。
★ code の方は、本文にあるコード(符号)や、暗号、規定などの意味があります。
電気のコード は、cord の方で、こちらは、紐のことです。楽器の弦も cord です。
★ ロープ(rope)も、コード(cord)と同じ意味ですが、コードよりも、太くて強いものを言います。
◆ LAN ケーブルは、EIA (アメリカの電子工業会 )の規格で、LAN に使用されるケーブルです。電話ケーブルは、高周波に使用できますが、電話用ですから、高周波の特性は、規定されていません。LAN ケーブルは、高周波の特性が規定されています。LAN ケーブルを、図 7.2-18 に示します。図で、XX BASE-T というのは、LAN そのものの規格で、XX の数字は、伝送速度を表します。10 BASE-T は 10 MEG ビット/秒、100 BAST-T は 100 MEG ビット/秒、1000 BASE-T は 1000 MEG (1 G)ビット/秒の LAN です。カテゴリ Y の Y は、ケーブルの種類を表します。
◆ LAN ケーブル(カテゴリ 6)の諸特性を、図 7.2-19 に、周波数特性を、図 7.2-20 に示します。
[図 7.2-19] LAN ケーブルの特性(カテゴリ 6)
[図 7.2-20] LAN ケーブルの周波数特性(カテゴリ 6)
◆ 図 7.2-21 は、周波数特性について、LAN ケーブルと、電話ケーブルとを比較したものです。緑が LAN ケーブル(カテゴリ 5)、赤が電話ケーブル(線径 0.65φ)で、長さは、どちらも 100m です。カテゴリ 5 の線径は、約 0.5φですから、低周波では、カテゴリ 5 の方が、減衰が大きくなっていますが、高周波では、カテゴリ 5 の方が、優れています。
[図 7.2-21] LAN ケーブルと電話ケーブルの特性比較