ノイズ対策技術

10. AC電源線からのノイズ

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10.(1) 概   要

◆ AC電源線 は、ノイズの大通りです。AC電源線には、種々雑多な機器が接続されています。これらの機器から、ノイズを受けます。また、強大なアンテナとして作用して、放射ノイズを拾います。電子機器は、このAC電源線からのノイズを防ぐ必要があります。
逆に、電子機器からAC電源線にノイズを出します。この対策も必要です。AC電源ノイズも、一般のノイズと同様に、コモンモードが支配的であり、この対策が重要です。
また、いわゆるノイズの他に、AC電源の品質の問題があり、ノイズと同様な妨害を起こします。これも、広義のノイズとして、ここで取り上げます。
◆ 図.1 は、ごく一般的な AC 電源線に乗ってくるサージの実測例です。AC 電源を供給する電子機器は、サージ対策も必要なことが分かります。

[図.1} AC電源線のサージ実測例

AC電源線のノイズ実測例


◆ AC 電源ノイズ対策の基本は、AC 電源のノイズを電子機器に持ち込まないことです。水際作戦が重要です。AC 電源線ノイズ対策の、一般的な構成を示します(図.2)。

[図.2] AC電源線のノイズ対策

AC電源線のノイズ対策

◆ 図の電源ラインフィルタは、2つの役割を持っています。すなわち、外部からのノイズをフィルタすることと、電子機器内部のノイズを外部に出さないことです。電子機器は、被害者であると同時に、加害者として他にノイズ妨害を与えます。このため電子機器を対象としたノイズ規制として、VCCI があります。VCCI では、電子機器が AC 電源線から出すノイズも、規制しています(22.(3)参照)。

10.(2)ノイズ対策用部品

◆ ここでは、とくにAC電源に固有なものを取り上げます。

10.(2-A) 電源ラインフィルタ

◆ AC電源用のフィルタが市販されており、通常これを使用します。AC電源ラインフィルタ 、略して電源ラインフィルタ と呼ばれています。電源ラインフィルタの回路例を、図.3に示します。

[図.3] 電源ラインフィルタの回路例

電源ラインフィルタの回路例

◆ いずれも、コモンモードノイズ用のフィルタが主体です。たとえば、(a)(d)コンデンサ C2、C3 は、コモンモード用のフィルタです。また、(a)(b)(e) の L は、トランスの形をしていますが、チョークコイル (インダクタ) です。これは、コモンモードチョーク と呼ばれ、コモンモードに対しては、大きなインピーダンスを持ちますが、ノーマルモードに対しては、素通しの特性を持っています。したがって、ノーマルモードの信号を減衰させることなく、コモンモードノイズを押さえます。
コンデンサによるコモンモードノイズの除去では、2つのコンデンサの中点を接地して、コモンモードノイズを、その発生源に戻す道を作る必要があります。接地しなければ、効果がありません。しかし、コモンモードチョークは、接地しなくても、コモンモードを阻止する効果があります。(e)は、コモンモードに対しては、コモンモードチョークだけで対応していますから、接地無しで使用できます。
◆ 電源ラインフィルタの周波数特性の例を、図.4に示します。

[図.4] 電源ラインフィルタの特性例

電源ラインフィルタの特性例

◆ 従来は、0.5〜30MHz程度の範囲で有効なものが多かったのですが、信号周波数の高周波化につれて、フィルタも、より高周波まで有効なものが、要求されています。

電源ラインフィルタに限らず、一般にフィルタの特性は、フィルタ単体では決まりません。フィルタの特性は、フィルタの、信号源負荷の、特性によって変化します([コラム.1]参照)。ところが、電源線には、雑多な負荷が多数接続されていますから、電源線のインピーダンスは、一定しません。したがって、電源ラインフィルタにとっての、信号源と負荷のインピーダンスは、個々の取り付け場所によって、大幅に異なる可能性があります。
◆ 電源ラインフィルタは、一般的な電源状況(信号源と負荷)を想定して、それにマッチするように設計されています。しかし、上に述べたように、実際の使用条件は、これと大きく異なることも多いのです。ある場所で良く効いたフィルタが、別の場所では効きが悪い、ということもありえます。図.4 に示した電源ラインフィルタの特性も、想定した特定の信号源と負荷のときの特性です。



[コラム.1] フィルタの特性

★ フィルタ の特性について解説します。しかし、読者の大多数の人は、フィルタの特性を良く理解する必要はありません。あえて、ここで、フィルタの特性について、取り上げたのは、電源ラインフィルタというものは、簡単では無いぞ、ということを、知って頂きたかった、からです。
一般のフィルタは、使用条件が、ほとんど決まっていますから、この解説の内容を知らなくても、問題なく利用することができます。安心してください。電源ラインフィルタが、例外的な存在なのです。
★ フィルタは、その周波数特性によって、ローパスフィルタハイパスフィルタ等に分けられます。また増幅回路と組み合わせるアクティブフィルタと、コンデンサ/インダクタ/抵抗で構成するパッシブフィルタとがあります。ここでは、ノイズフィルタに使用されるパッシブのローパスフィルタに限定して解説します。また、不平衡形、ノーマルモード用に絞ります。
しかし、考え方は平衡形やコモンモード用も、同じです。
★ フィルタ(インピーダンス ZF)は、信号源および負荷(インピーダンス ZL )の間に挟まれています。信号源は、さらに等価的に、定められた電圧を発生する定電圧源 VS と信号源インピーダンス ZS とに分けられます。

信号源と負荷のインピーダンスにはさまれる

★ 先ず、最も単純な L または C 単体フィルタを考えます。

L 単体フィルタ

L 単体フィルタ

★ L 単体は、インダクタ L によって、高周波のノイズが負荷に流れ込むのを阻止します。具体的には,図の式(a)のように、分圧されます。
ノイズ周波数におけるフィルタのインピーダンス ZF が、信号源インピーダンス ZS および負荷インピーダンス ZL に比べて十分に大きければ、負荷に現われる電圧 VL におけるノイズ電圧は大幅に減衰します。

C 単体フィルタ

C 単体フィルタ

★ C 単体は、コンデンサ C によって、高周波のノイズがバイパスされ、結果として負荷に現われる電圧 VL におけるノイズ電圧が大幅に低くなります。
このときの条件は、ノイズ周波数におけるフィルタのインピーダンス ZF が、信号源インピーダンス ZS および負荷インピーダンス ZL に比べて大幅に低いことです。
どちらも、負荷に現われる電圧 VL は、VLを求める式(a)(b)を見れば明らかなように、フィルタだけでなく、信号源と負荷のインピーダンスが関与しています。すなわち、フィルタの特性は、フィルタ単体の特性だけで決まりません。
★ 次に、L と C とを組み合わせた、LC フィルタについて、調べてみましょう。下図に示すように、2つのタイプがあります。C と L とを組み合わせることによって、単体の C や L に比べて周波数特性が良くなります。

LCフィルタ

LCフィルタ

★ フィルタの周波数特性を、回路シミュレーションによって、求めてみました。回路シミュレーションとは、ハードウェアで回路を組む代わりに、ソフトウェアで、回路動作(波形)を求めるものです(伝送3.1[コラム3.2]参照)。
フィルタの特性は、信号源と負荷の特性に依存します。しかし、フィルタの特性を調べるときは、できるだけ、フィルタ自身の特性が反映されるように、しなければなりません。信号源と負荷に、周波数特性を持たない、抵抗を使用すれば、フィルタ自身の周波数特性が分かります。 一般に、フィルタの周波数特性として示されているのは、信号源と負荷が抵抗の場合です。

フィルタの周波数特性_

★ 図の VDB(3) ()は L 単体フィルタの周波数特性です。VDB(5) ()は LC(L入力)形の周波数特性です。LC(L入力)形の方が、L 単体形に比べて、特性がシャープです。図示してありませんが、C 単体は L 単体と、LC(C入力)は LC(L入力)と、周波数特性の特徴は同じです。単体形は、阻止域において 20dB/dec、LC 形は 40dB/dec の割合で減衰します(dec=10 です)。
LC フィルタは、単体フィルタと比べて、周波数特性が良くなったことの他に、L が挿入されている側の信号源または負荷のインピーダンスが低くても良く効くという特徴があります。一般に信号源インピーダンスは低いことが多いので、L 入力形が有効です。
には、VDB(7)() を入れてあります。これは、L 単体フィルタにおいて、負荷を抵抗ではなくインダクタンスに換えたものです。負荷が抵抗のときには、ローパスフィルタで、あったのに、負荷をインダクタンスに変えたら、ハイパスフィルタに、なってしまいました。
★ これは極端な例ですが、フィルたの特性に、負荷の特性が関与していることが、よく分かります。
このように極端でなく、信号源と負荷が抵抗の場合であっても、その値は、フィルタの特性に影響します(下図)。

フィルタの周波数特性_

★ これは、L 単体フィルタにおいて、信号源抵抗を変化させたものです(緑が大、以下順に小)。通過域における利得カットオフ周波数が共に変化しています。負荷抵抗を変化させた場合も、傾向は違いますが、通過域の利得とカットオフ周波数が変化します。
次の図は、LC フィルタで信号源抵抗を変化させたものです(緑大、以下順に小)。

フィルタの周波数特性_

★ こちらは、通過域の利得、カットオフ周波数の他に、周波数特性の形も変化しています。
周波数特性に、ピークが生じる場合があります(信号源抵抗小、色、色)。このピークは共振と呼ばれる現象です。共振現象は、各種の用途に利用される場合もありますが、有害なときもあります。ローパスフィルタでは、共振によるピークの存在は、有害です。
また逆の場合(信号源抵抗大、色、色)では、LC 形フィルタの特徴が失われて、L 単体形フィルタの特性に近くなっています。LC 形フィルタの特徴を活かすためには、信号源と負荷の抵抗が適切な値であることが必要です。
これに対して、L 単体フィルタのときは、周波数特性の形は変わりません。これは、L単体フィルタの特徴です。
★ コンデンサは周波数特性を持っていますから、L 入力形 LC フィルタの、入力側インダクタ L の代わりに抵抗 R を使用しても、フィルタになります。これを RC フィルタと呼んでいます。
ただしこの場合の周波数特性は、C またはL単体形と同じです。しかし、C 単体形に比べると、信号源インピーダンスが低い所で使用できるので、汎用性が高くなります。

フィルタの周波数特性_

★ これは、信号源抵抗を変化させたときの RC フィルタの特性です。信号源抵抗の値を、他の図と同様に、大幅に変えていますが、特性の変化は、僅かです。ただし、負荷の抵抗は、他の図に比べて十分に大きくとってあります。一般に信号ラインでは、入力インピーダンスが低く、負荷インピーダンスが高いことが多いからです。

Π形/T形フィルタ

Π形/T形フィルタ

★ LC フィルタをさらに汎用化し適用範囲を広くしたのが、Π 形または T 形のフィルタです。周波数特性も LC フィルタよりも優れています。
電源ラインフィルタは、Π 形フィルタを基本として、これをモディファイしたものが、多く使われています。ただし、ここに示したフィルタは、不平衡ですが、電源ラインフィルタは、平衡形です。

フィルタの周波数特性_

この図は、Π 形フィルタです。他と同様に信号源抵抗を変えています。LC フィルタに比べて、特性の変化が小さいので、広い範囲で使用できることが分かります。
ピークがあるように見えますが、ピークになっているのは、で、それ以外は、浅い谷です。谷であれば、電源ラインフィルタとしては、問題無く使用することができます。

★ 以上、各種フィルタと適合する信号源/負荷の特性との対応を取りまとめると、次のようになります。ただし、既に見てきたように、適用範囲が広いもの、狭いものがあります。一応の目安にすぎません。
LC (L 先行)は RC (R 先行)に、LC (C 先行)はRC (C 先行)にも適用されます。

各種フィルタの適用範囲





10.(2-B) トランス

◆ とくにノイズが問題になる場所では、トランス が用いられます。大きなコモンモードノイズに対しては、絶縁と呼ばれる手段が有効です。トランスは絶縁の代表的な部品です。
また、トランスはノイズ対策の他に、安全対策としての絶縁にも用いられます。医療機器などで、感電による危害を防止するためのものです。一般に絶縁トランス の名で呼ばれているのは、この安全対策用のトランスです。ノイズ対策用とは、目的用途が異なります。絶縁トランスと呼ばれている製品は、ノイズ対策用としては、必ずしも有効ではありません。

トランスは、原理的にはノーマルモードだけを通し、コモンモードを阻止します。しかし、低周波の電源用トランスは、寸法が大きいので、ストレキャパシタンスが大きく、静電誘導によって、高周波のノイズを通してしまいます。
◆ これを防止しするために、1 次側巻き線と 2 次側巻き線とをシールドした、シールドトランス を使用します。シールドトランスは、ある程度の効果はありますが、十分ではありません(図.5)。ストレキャパシタンスによってノイズが伝わります。

[図.5] シールドトランスでも不充分

シールドトランスでも不充分

◆ 図.6は、シールド無しトランスと、一般的なシールド付トランスの特性を比較したものです。

[図.6] シールド有り無しの比較

シールド有り無しの比較

◆ シールド付が若干改善されていますが、ノイズ対策としては不充分です。それよりも、図の(c) に示したトランス (シールド無し) と電源ラインフィルタとの組み合わせの方が、遥かに効果があります。

とくにノイズ対策用に作られたトランスがあります。ノイズフィルタトランス ノイズカットトランス などの名で呼ばれている製品です。各種のノイズ対策を十分に施した製品で、コモンモードだけでなく、ノーマルモードにも強くなっています。これらのトランスは、とくに厳重なノイズ対策を必要とする場合に使用されます。ノイズフィルタトランスの特性例を、図.7に示します。

[図.7] ノイズフィルタトランスの特性例

ノイズフィルタトランスの特性例

◆ フィルタの特性は、一般に周波数特性で表わされます。しかし、実際のノイズは、パルス状のノイズが多いのです。したがってノイズ対策用のフィルタは、パルス波形入力に対する応答波形で評価する方が、実用的です。
図.8はノイズフィルタトランス (図.7) の、図.9はトランス+電源ラインフィルタ (図.6 (c) ) の、パルス応答波形です。

[図.8] ノイズフィルタトランスのパルス応答

ノイズフィルタトランスのパルス応答(a) ノイズフィルタトランスのパルス応答(b)

[図.9] トランス+電源ラインフィルタのパルス応答

トランス+電源ラインフィルタのパルス応答(a) トランス+電源ラインフィルタのパルス応答(b)

◆ ノイズフィルタトランスの方が優れていることが、よく分かります。

[注]  図.9 (b) で、出力電圧 Vp-p42V となっていますが、波形写真は、そのような波形は見えません。これは、細いひげ状のパルスが、実際にはあるのですが、波形写真では見えなくなってしまったからです。一般に、細いパルス波形は、肉眼で、オッシロの波形を見たときに認識できても、写真にすると、見えなくなることがあります。


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