◆ ノイズは、空中を伝わります。すなわち、静電誘導、電磁誘導、さらには電波(電磁波)の形で、空中を伝わります。
電気の導体は、アンテナ作用を持ち、電磁波を放射 します。また、電気の導体は、アンテナ作用によって、電磁波を取り込みます。
電磁波は、ワイヤレス通信の主力として、利用されており、きわめて有用な存在です。しかし、電磁波は、欲しい信号だけでなく、ノイズを運びます。ノイズ対策上は、逆に、厄介な存在です。
ここでは、アンテナの解説に先立って、その基礎となる、電子、電荷や電界、磁界のお話から始めます。予備知識のある人は、この辺は読み飛ばしてください。
◆ 物質は、物理学上は、各種の粒子から成り立っています。物質としての、最小単位は、原子 です。その原子は、原子核 と、その原子核を取り囲む、電子 とで構成されています(図.1)
◆ 電子は、文字通り、電気の素である、小さな粒です。電気には、プラス(正)とマイナス(負)とがあります。電子は、マイナスの電気を持った粒子です。原子核は、逆に、プラスの電気を持った粒子です。
これらの粒子が持つ電気を電荷 といいます。電荷(電気量 )の単位は、クーロン(C)です。電子一個の電荷量 e と、質量 me は、
_
です。
◆ 原子では、原子核の電荷は、原子の周囲にある電子の持つ合計の電荷と等しく、原子全体としては、中性となっています。
物質には、電気を良く通す、金属のような導体 と、電気を通さない絶縁体 とがあります。各種物質についての、抵抗の大きさ示す抵抗率 を、図.2 に示します。
導体の中には、自由に動き回ることができる自由電子 があり、自由電子の流れが電流 です。
電流の単位は A (アンペア)です。1A は、毎秒 1クーロンの電荷が移動する大きさです。
◆ 絶縁体の中には、自由に動き回れる自由電子はありません。しかし、電子を失って、正の電荷を持った物質と、電子を余分に持ち、負の電荷を持つ物質とがあります。
電子を失った方を、正に帯電 した、電子を持った方を、負に帯電したといいます。
動き回らない、または動き回れない電荷を静電気 といいます。
★ シリコン(珪素、珪石、水晶)などの半導体は、単に抵抗率が、導体と絶縁体との中間にある、というだけでなく、独特な性質を持っています。この半導体の特性が、電子回路に応用されているのです。
★ 原子の周りを回っている電子のうちで、もっとも外側の軌道を回っている電子(図.1)は、原子核から、離れやすい性質を持っています。また、他の原子との結合に関係していることから、もっとも外側の電子を、とくに、価電子 と呼んでいます。
★ シリコンの結晶は、この価電子によって、下記のように、互いに、つながって整列しています。
★ この価電子が、自由電子として、飛び出すと、その後は、穴になります。この穴は、マイナスの電子が抜けたので、プラスです。この穴を、正孔 と言います。正孔は、下記に示すように、移動します。
★ 上図のように、(2)の場所にある、価電子が(1)のように飛び出して、自由電子になると、その跡(2)は、正孔になります。隣りの価電子(3)が飛び出して、その(2)の正孔に、入ったとします。
実際に動いたのは電子ですが、あたかも、正孔が、(2)から(3)に、動いたかのように見えます。
自由電子は、電気の運び屋です。この運び屋のことをキャリア と言います。正孔も、見かけ上電気の運び屋ですから、正孔もキャリアです。
純粋なシリコンの結晶では、上記のような現象が起こります。このような半導体を、真正半導体と、呼んでいます。半導体ではありますが、キャリアが少ないので、絶縁体に近い性質を持っています。
★ さて、実際に役立っているのは、真正半導体では、ありません。シリコンに、若干の不純物を混ぜたものです。不純物の種類によって、p 形半導体と、n 形は導体との、2 種類があります。
n 形半導体(価電子 5 個) | p 形半導体(価電子 3 個) |
砒素、りん、アンチモン | インジウム、ガリウム、アルミニウム |
★(1)に示したように、n 形半導体では、価電子が 1 つ余り、それが自由電子になります。このように、混入させた不純物が 5 個の価電子である不純物のことを、ドナーと言います。
p 形半導体では、価電子が 1 つ不足するので、それが正孔になります。混入させた不純物の価電子が 3 個のものを、アクセプタと言います。
★ 半導体素子は、この、n 形半導体と、p 形半導体の、組み合わせで作られています。
たとえば、ダイオードは、p 形と、n 形とを接合したものです。
接合したことによって、接合面に変化が生じています。これを、空乏層といいます。
◆ 電荷は、互いに力が働きます。符号が等しい電荷は互いに反発し、符号が異なると、互いに引き合います(図 3)。
◆ 電荷が互いに反発し、または引き合う力は、双方の電荷の積に比例し、距離の 2 乗に反比例します。これをクーロンの法則 といいます。
ある位置に電荷(電気量 Q )を置いたとき、その電荷に力 F が働いたとすれば、その位置には、電荷 Q に力を及ぼす「なにか」があります。この「なにか」のことを電界 といいます。
この電界の状態を分かり易く表現する手段として、電気力線があります。
電気力線 は、次の性質を持っています。
(a) ある点における電気力線の接線方向は、その位置における電界 E の方向を示す。
(b) 電気力線の密度は、その位置における電界強度 E の大きさを示す。
(c) 電気力線は、プラスの電荷から発生し、マイナスの電荷に集まる。
(d) 電気力線は、無限遠方から発生し、または、無限遠方に発散するものもある。
◆ 電界を電気力線によって表わすと、図.4 のように、なります。
◆ 孤立した(周囲に何もない)信号線上に、均一に電荷が分布しているときの電気力線を図.5(a) に、平行 2 線の一方がプラスに、他方がマイナスに帯電しているしているときの電気力線を図.5(b) に示します。
◆ 電流が流れると、電流の磁気作用によって磁気の力、磁力が発生します。
力が働くので、電界と同様に、磁界 と磁力線とを考えることができます。
磁力線 は次の性質を持ちます。
(a) ある点における磁力線の接線方向は、その位置における磁界強度 H の方向を示す。
(b) 磁力線の密度は、その位置における磁界強度 H の大きさを示す。
(c) 電流によって発生する磁界の磁力線は、円状となり、右ネジの進む方向に電流が流れると、磁界の方向は右ネジの回転方向になる(右ねじの法則 )。
(d) 電流によって発生する磁界の磁界強度 H は、流れる電流Iに比例し、電流からの距離に反比例する。
◆ 孤立した信号線、および平行 2 線に電流が流れているときの磁力線を、図 6に示します。
◆ 以上、電界と磁界は、直流に対応するものとして、説明しましたが、交流に対しては、電界も磁界も、交流と同様に時間と共に、正弦波形で変化します。そして、発生源からある程度、離れると、電界と磁界とが総合され、波(波動)の性質を持つようになります。この、電界と磁界とが総合された波を、電磁波 (電波)と言います。
◆ 電磁波は、電波だけでなく、さらに波長が短い(周波数が高い)、光 (赤外線 、可視光線 、紫外線 )、X 線 、ガンマ線 も、電磁波の一種です(表.1)。
分類 | 周波数/波長 | 主な用途 | |
---|---|---|---|
電波 | 超長波(VLF) | 3〜30×103Hz | _ |
長波(LF) | 30〜300×103Hz | 船舶、航空機の通信 | |
中波(MF) | 0.3〜3×106Hz | ラジオ放送 | |
短波(HF) | 3〜30×106Hz | ラジオ放送、通信 | |
超短波(VHF) | 30〜300×106Hz | FM放送、テレビ放送 | |
極超短波(UHF) | 0.3〜3×109Hz | UHFテレビ、PHS、無線LAN | |
マイクロ波(SHF) | 3〜30×109Hz | マイクロ波中継、レーダー、衛星通信 | |
ミリ波(EHF) | 30〜300×109Hz | 電波天文、衛星通信、簡易無線 | |
サブミリ波 | 0.3〜3×1012Hz | _ | |
光 | 赤外線 | 0.72〜100×10-6m | 通信、暖房乾燥、写真 |
可視光線 | 400〜700×10-9m | 光学機器 | |
紫外線 | 100〜400×10-9m | 殺菌、化学作用の利用 | |
X線 | 1〜1,000×10-12m | X線写真、医療 | |
ガンマ線 | 10〜1,000×10-15m | 厚さ計、食品照射、医療 |
◆ 一般に電波は周波数で表わします。光などは波長 で表すことが多いので、表もそのように作ってあります。光速は、約 3 × 108 m / s ですから、波長 λ (m)と、周波数 f (Hz)とは、
で、換算することができます。
表の電波 は、法律(電波法)で定義されている電波の範囲です。
周波数が高くなるにつれて、電磁波は、次第に光の性質を帯びてきます。低い周波数では、電波は物体を回り込みます。周波数が高くなり、マイクロ波になると、光に近づき、直進性が出てきます。
◆ アンテナ には色々な種類がありますが、基本的には、ロッドアンテナ と、ループアンテナ の2種類に分けられます(図 7)。
◆ ロッドアンテナから放射される電界と磁界の強さは、ともにアンテナの長さと、アンテナに流れる電流との積に比例します。
アンテナの長さと電磁波の波長とが一定の割合のとき、共振が起こり、共振によって大きな電界/磁界を発生します。
ロッドアンテナの一種で、ダイポールアンテナと呼ばれるアンテナでは、アンテナの長さが、電磁波の波長の1/2のときに、共振が起こります。
◆ ロッドアンテナから放射される電界と磁界の様子を図 8に示します。
図で、線の太さは、強度を表します。
ロッドアンテナでは、アンテナの近傍では、電界が支配的です。
しかし距離が離れるにしたがって、電界と磁界とが同等になり、平面波に近づきます。
◆ ループアンテナから放射される電界と磁界の強さは、ともにループの面積と、アンテナに流れる電流の積に比例します。
ループアンテナから放射される電界と磁界の様子を図.9に示します。
◆ ループアンテナでは、ロッドアンテナの逆で、アンテナの近傍では、磁界が支配的です。
距離が離れると、電界と磁界とが同等になり、平面波に近づきます。
◆ アンテナの近傍で、ロッドアンテナのとき電界が支配的な領域、
ループアンテナで磁界が支配的な領域を、ニアフィールド といいます。
これに対して、アンテナから離れた領域を、ファーフィールド と呼びます。
ニアフィールドとファーフィールドの境界は、電磁波の波長 λ の(1/2π)、すなわち約(λ/6)です。
ワイヤレスの通信として利用する領域は、通常ファーフィールドです。
ファーフィールドでは、電界と磁界は、平面波 として伝わります。
平面波では、磁界は地面に対して垂直に変化し、電界は地面に対して平行に変化します。
◆ 電磁波は、光速で伝わります。ある瞬間の平面波(電界と磁界)の様子をベクトルの形で表わすと、図.10のようになります。
◆ ノイズ対策においては、放射の測定や、ノイズシミュレータの放射用に、アンテナを使用します。
しかしノイズ対策として問題なのは、アンテナそのものよりも、アンテナ作用によるノイズの放射と、アンテナ作用による放射ノイズの取り込みです。
◆ 大きなロッドアンテナの作用を持つのは、電子機器の外部ケーブルです。外部ケーブルは、長いアンテナを形成します。
ケーブル内の信号は、往復信号ですから、往復の電流が打ち消し合います。アンテナとして、放射されることはありません。
しかし、電子機器の内部には、大きなコモンモードノイズが載っていることがあります。
たとえば、電子機器の電源には、スイッチング電源が多く使用されています。スイッチング電源は、大きなコモンモードノイズの発生源です。
◆ 外部ケーブルは、コモンモードに対しては、強力なアンテナです。
逆に、外部ケーブルは、アンテナとして外部のノイズを、電子器に、取り込みます。このときも、ノーマルモードでは無く、コモンモードとして取り込みます。
◆ ループアンテナの放射は、さきに示したように、ループの面積に比例します(5.(2))。したがって、大きな面積を有するループ状配線が、問題になります。
プリント基板内の信号配線は、大きなループを作っていることがあります(図 11)。
◆ 図の信号線は、一見短いように思われます。しかし信号線の戻りは共通のグラウンド線です。この戻り道を辿ると、大きなループを作っています。
プリントパターンの設計の要点は,面積が大きなループを作らないようにすることです。
配線がループを作ると、アンテナ作用のほかに、配線のインダクタンスを大きくすることにもなります。インダクタンスに電流が流れると電圧を発生し、ノイズになります1(2-A))。いいことは一つもありません。
◆ ノイズの問題では、ニアフィールド の領域の方が、ファーフィールドよりも、大きな問題になります。しかし、ニアフィールドを正確に解析することは、面倒です。
ニアフィールドにおいては、ロッドアンテナでは電界が支配的、ループアンテナでは磁界が支配的です。通常は、近似的に、次のように解析すれば十分です。
ロッドアンテナは、電界のみを考えます。すなわち、直線状の信号線では、ストレキャパシタンスを考えます。
ループアンテナは、磁界のみを考えます。すなわち、ループ状の配線では、相互インダクタンスとして取り扱います。
★ 電界、磁界は、電場 、磁場 とも言います。この場は、フィールド の訳です。フィールドは、一般的には、競技場のことでしょう。ただし、日本では、競技場は、グラウンドと呼ばれていることが多いと思います。フィールドは、それよりも、フィールドアスレチックの方を、連想するかも、しれません。
★ さて、電場、磁場も広い広がりを持った空間ですが、元々のフィールドが、ほぼ 2 次元であるのに対して、これらは、完全に 3 次元です。
★ ニアフィールドにおいては、電界または、磁界、どちらかが、支配的と考えられ、そのどちらかで、近似して考えることができます。一方、ファーフィールドにおいては、電界と磁界とを総合した、電磁波として、取り扱います。
★ この、ニアフィールドとファーフィールドとの境界点は、どこに、あるのでしょうか。これを調べるためには、波動インピーダンス という名の、インピーダンスを、考える、必要があります。
★ 電磁波も、電力が伝わって行くのですから、インピーダンスが存在します。
通常の、回路上のインピーダンスは、電圧と電流との関係を表すものです。2 点間の電圧を V、そこを流れる電流を I とすれば、インピーダンス Z は、
Z = V / I
です。
★ 電磁波における電界を E、磁界を M、波動インピーダンスを Zw とすれば、波動インピーダンス Zw は、
Zw = E / M
となります。波動インピーダンスは、アンテナからの距離によって、変化します。下図で、λ は電磁波の波長、γ は、アンテナからの距離です。
★ ニアフィールドとファーフィールドとの境界点は、図の横軸が、1 のところです。すなわち、
γ = λ / 2π
です。