◆ 電子回路は、情報を処理します。情報処理それ自体は、パワーを必要としません。しかし電子回路を動作させるためには、パワーを必要とします。このパワーを供給するのが電源 です。
電源はIC等の電源を必要とする素子に供給され、一部は IC 等で消費されます。また一部は信号となって、信号線を伝わります。これらは、戻り線であるグラウンド を経由して元の電源に戻ります。
◆ 電子回路は、必ず一巡する経路を構成しています。このことから、回路の名が付けられています(図.1)。
◆ 図に示されているように、電源線 とグラウンド線 は、対となっています。この意味では、電源線とグラウンドとは、対等です。電子回路が良好に動作するためには、電源とグラウンドは、ノイズの無い安定した電位を保っていることが必要です。電源やグラウンドの電圧が、ふらついたのでは、回路は、安定した動作を行うことができません。
ところが実際には、電源とグラウンドは十分に注意しないと、ノイズ源となって回路に悪影響を及ぼします。
◆ 電子回路は、図.1に示すように、実際には回路を構成しています。しかし通常、回路図の上では、電源線とグラウンド線を省略して、電源記号 とグラウンド記号 を使用して表記します(図.2)。
◆ またさらに、電源/グラウンドの表記を省略して、図.3のように表わすこともあります。
◆ 図の(a)は、まだ、グラウンドの記号が書いてありますが、(b)では、電源/グラウンドの記号は、全くありません。 このような回路図を見慣れていると、電子回路が「回路」を構成していることを、つい、忘れてしまうことがあります。しかし、図面に書かれていなくても、必ず、電源とグラウンドとがあり、回路を構成していることを、忘れないで下さい。
◆ 電源は、機器の外部から供給する場合と、内部に持つ場合とがあります。
外部から供給する電源には、商用 AC 電源 (交流 100V 電源)が多く用いられています。一般に電子回路は、直流電源を必要としますから、外部から供給した AC 電源は、機器内部で、DC 電源 装置(直流電源装置)によって、DC 電源に変換します。
この商用 AC 電源は、通常、電子機器外の電気機器の電源と共用です。これらの電気機器は、定常時には、有害なノイズを発生しないように作られていますが、電源のオンオフ時には、ノイズが多く、大きなサージも含まれています。したがって、十分なノイズ対策を必要とします(第 10. 章参照)。AC 電源は、いわゆるノイズのほかに、電源の品質が問題になります。電源の品質が悪いと、電子回路の動作を妨げます。これも広義のノイズの問題です(10.4 参照)
◆ DC 電源装置には、スイッチング電源 装置(スイッチングレギュレータ )が使用されることが多いのですが、スイッチング電源装置は、それ自体が、大きなノイズ発生源です(第 11.章(1)参照)。対策として、電源ラインフィルタなどのフィルタを設けます(図.4)。
◆ 図に示した 電源ラインフィルタは、AC 電源線から侵入するノイズをカットする役割と、逆にスイッチング電源から放出されるノイズを外部に出さないこととの、両方の役割を持っています。
電子機器内部に電源を持つ場合は、電池 (バッテリ )が使用される場合が多く、使い捨ての 1 次電池 と、充電して繰り返し使用可能な 2 次電池 とがあります。電池は、高周波のノイズは発生しません。逆に、フィルタの役割をします。しかし、負荷による電圧の変動や、消耗による電圧の降下があります。
一定電圧が必要な回路では、電池に対しても、電圧レギュレータを必要とします。このレギュレータにスイッチングレギュレータを使用するなら、これは、大きなノイズ発生源です。
◆ グラウンドの名称は、一般には、「電子回路の電位の基準となる場所」と「大地に接続すること」の2つの意味で使用されていす。しかし、このように、同じ言葉を複数の異なった意味に使用していることから、混乱が生じます。この講座では、混乱を避ける目的で、電位の基準になる場所のことを「グラウンド」、大地に接続することを「接地 」と呼んで、言葉を使い分けています。
またさらに、「大地に接続すること」は、電位の基準になるところを、より一層安定させることと、保安という、異なった 2 つの目的に使用されています。
◆ 電子回路の動作の基準になる電位を与える場所が、グラウンド です。しかし、同時にグラウンドは、信号や電源の戻り線としても使用されています。信号や電源の戻り線であるということは、電流を流すということです。導線は、理想的には、ゼロインピーダンスですが、現実にはインピーダンスがあります。インピーダンスに電流が流れれば、電圧が発生します。したがって、グラウンドの電位は一様では無くなります。
本来一様な電位を保っていなければならない筈のグラウンドに電位の分布が生じるわけです。この意味で、グラウンドは本質的な矛盾を抱えています。しかも、導線のインピーダンスは、インダクタンス分が支配的です。高周波でより多くノイズを発生します。また、導線のインピーダンスは、共通インピーダンスとなります。共通インピーダンスは、ノイズ対策上、嫌な存在です。
◆ 以上の問題は、電源線についても、同じです。通常、ノイズ対策上、グラウンドの問題として、論じられていることは、ほとんどが、そのまま、電源線にも、当てはまります。
◆ 大地 は、安定な電位を保っているところです。したがって、大地に接続することによって、グラウンド電位を安定化することが期待できます(2.(5-B))。ところが、大地に接続することが、ノイズに対して逆効果になる場合があります(9.(2-C)、次項)。
◆ 大地への接続は、上記の、安定した電位を得るということとは、とは全く異なった目的でも、利用されています。人体に対する安全を目的とするもので、フレーム接地 (保安用接地 )と呼ばれるものです。フレーム接地されたフレームは、電位が大地とほぼ等しく、その価が、安定しています。この、電位が安定しているフレームを、フレームグラウンド と呼びます。
一方、電子回路の動作の基準になる電位を与える場所としてのグラウンドも、その電位を、より安定化する目的で、大地に接続することがあります。これを、フレーム接地に対して、区別して呼ぶときには、シグナル接地 と呼びます。同様な意味で、電子回路の動作の基準になる、グラウンドのことを、フレームグラウンドに対して、シグナルグラウンド と呼ぶことにします。
◆ 高圧の電源(ここで高圧とは、電子回路に対してです、100Vも高圧に含みます)が、導電性のフレーム(ケース)などに漏れ出していると、人体が、そこに触れたとき感電 する恐れがあります(図.5)。
◆ 感電による危害を防止するために、フレームを接地します。図の点線は、感電防止のために付け加えた部分です。感電防止部分が無ければ、漏電したとき、フレームは高圧になります。感電すれば、漏電電流は、ほとんど人体を通ります。感電防止部分を付け加えれば、漏電していても、それらは、ほとんどフレーム接地に流れ、フレームの電位は低く押さえられます。人体がフレームに触れても、感電する恐れはありません。
このフレーム接地は、電子機器においても、必要なところに施されます。しかし本来は、強電の機器において必然的なものです。
強電機器におけるフレーム接地は、一般にノイズに汚染されています。電子回路の安定な電位を保つための接地、すなわち、シグナル接地に利用することは、一般に、避ける必要があります。
◆ 以上のように、グラウンド、アース、接地といっても、目的用途が異なります。下手に混用すると、ノイズを拾います。注意してください。これらをまとめて、この講座で使用している用語にしたがって図示すると、図.6のようになります。
[注] この講座では、「アース」の言葉は、原則として、使用しません。ただし、熟語の一部として、広く慣用されているものには、アース の言葉を使用することがあります。
◆ シグナルグラウンドは、電子回路が動作する基準となる電位を与える場所です。本来、電位は一様でなければなりません。しかし、電流を流すので、やむを得ず、電位分布を持ちます。
この講座における、接地と、グラウンドの記号の使い分けは、2.(5-B)図.7参照。
接地とグラウンドは、図.6 が原則ですが、シグナル接地とフレーム接地とを区別しないで共用することもあります。この場合は、単に接地と呼びます。同様にシグナルグラウンドとフレームグラウンドが共用の場合もあります。これは、単にグラウンドです。
◆ フレーム接地は、本来は強電における危害防止の保安が目的です。したがってその工事は、接地工事基準 で法的に規定されています。シグナル接地については、そのシグナル接地個所が、接地工事基準の適用対象あれば、設置工事基準に従う必要があります。接地工事基準の適用対象外の場所についても、この接地工事基準が準用されてきました。
まず接地工事基準について説明します(表.1)。
[表.1] 接地工事基準
接地工事の種類 | 接地抵抗値 |
---|---|
第1種接地工事 | 10Ω |
第2種接地工事 | 変圧器の高圧側または特別高圧側の電路の1線地絡電流のアンペア数で150(変圧器の高圧側の電路と低圧側の電路との混触により低圧電路の対地電圧が150Vを超えた場合には2秒以内に自動的に高圧電路をしゃ断する装置を設けるときは300)を除した値に等しいオーム数 |
第3種接地工事 | 100Ω(低圧電路において、当該電路に地気を生じた場合に0.5秒以内に自動的に電路をしゃ断装置を有するときは、500Ω) |
特別第3種接地工事 | 10Ω(低圧電路において、当該電路に地気生じた場合に0.5秒以内に自動的に電路をしゃ断する装置を施設するときは、50Ω) |
◆ 表から分かるように、4種類規定され、接地抵抗 値によって区別されています。接地抵抗の測定は、交流で行います。大地は、電解物質を含むので、接地抵抗を計るのに直流を使用することができないからです。交流を使用するのは、計測上の問題からであり、実質的には直流抵抗が低ければフレーム接地の目的は達成されます。
使用する接地線の太さは、十分に太く、その直流抵抗は、かなりの距離を引いても、接地抵抗の値に比べれば、無視することができます。要するに、接地基準は、感電に対する性能を規定しているわけで、それは、直流ないし低周波に対応していれば良いわけです。
電子機器であっても、接地基準で接地を義務付けられている場合は、基準に従った接地を行う必要があります。接地を義務付けられていない電子機器においても、保安だけを目的として接地する場合は、この接地工事基準に従えば問題はありません。接地を義務付けられていないものは、通常は、第 3 種接地工事を適用します。
◆ 大形コンピュータなどの、重要な情報機器の場合、機器メーカーから、第 1 種を要求される場合があります。しかし、接地工事基準は、保安上のものです。ノイズ対策とは、無関係であり、第 1 種が、ノイズ対策に優れているという、事実はありません。
電子機器の場合には、シグナル接地の目的で接地することが多く、この場合には、接地工事基準とは、関係ないはずです。シグナル接地は、ノイズ対策を目的としています。ノイズは、高周波が多いのですから、高周波におけるインピーダンスが問題になります。
◆ 電子機器に関連する接地として、商用電源の接地があります。日本の商用電源は、片線が接地されています(図.7)。
◆ アメリカ(USA)では、AC電源自体は接地されていないで、別に接地線が引かれており、3線式になっています。どちらも接地は、保安が目的ですから、フレーム接地に分類されます。日本の接地は、電源線の片線ですから、これを一般の接地として利用することはできません。したがって、この接地を、AC 接地と呼ぶことにします(AC 接地は、この講座だけの用語です)。これに対して、アメリカの接地線は、電源線とは別の接地線ですから、この線をフレーム接地として利用することができます。
日本でも接地端子付きの3口コンセントが使用されています。この接地端子の接地は、AC 接地とは別の接地線です。したがって、この接地線を、一般のフレーム接地として利用できます。
接地は、大地に接地電極 を埋め込み、その接地電極に導線を接続します。電極の形は、板、円筒などが多く使用されています。
◆ 接地基準適用外の場所であれば、簡便法として、大地に埋め込まれている水道管などの金属導管を利用することがあります。ただし、ガス管は危険なので利用できません。また、最近では水道管は、ビニール管などが多く使用されています。水道管は、接地として利用でるかどうかを、確認する必要があります。
◆ 電子回路動作の基準となる電位を与えるものとしての接地、シグナル接地 について考えて見ます。
一般に電子回路では、高周波が問題になります。仮に信号周波数自体は、直流ないしは低周波であったとしても、ノイズは高周波です。シグナル接地は、高周波のノイズに対して有効でなければなりません。高周波に対する接地効果が要求されます。
一般に、接地電極は、かなりの面積を持っており、大地に密着しています。したがって、接地電極は、大地との間でコンデンサを作っています。高周波におけるインピーダンスは、十分に低いことが期待されます。
導線は、高周波におけるインピーダンスを無視できません。導線は、ストレートな単線であってもインダクタンスを持ちます。導線の直流抵抗は一般に無視できる大きさですが、インダクタンスによるインピーダンスは無視できません。
◆ インダクタンスも、線径が太いと小さくなります。したがって太い線を使用することが有効です。図.8に十分太い線の、インダクタンスによるインピーダンスの大きさを示します。十分に太い線であっても、インダクタンスによるインピーダンスは、無視できない値になることが分かります。
◆ 接地線が、ループを作れば、インダクタンスは、著しく増加します。できるだけ、ストレートに配線します。
また、接地線が長いと、アンテナ作用によって、接地線がノイズを拾います。
接地線が大地に対して十分に低いインピーダンスで接地されていれば、アンテナとしてノイズを拾っても、接地によってノイズ電圧が抑えられますから、問題はありません。
しかし、接地線が長いということは、接地線自身のインダクタンスによるインピーダンスが無視できないということです。すなわち、接地線が長いことは、ノイズに対して、2 重の意味でマイナスに働きます。接地線が効果あるためには、
太く、 短く、 ストレートに、
です。
◆ 接地の効果は、大地に接続することには限りません。大地に接続することが効果あるのは、大地が、他の影響を受け難くて安定だからです。逆に言えば、他の影響を受け難く、安定な性質を持っているならば、そこに接続することは、大地に接続するのと同様な効果があります。
寸法が大きな電気の導体は、この条件を満足します。たとえば、空を飛んでいる飛行機は、大地に接続することはできません。そして、得られる最も大きな電気の導体は、飛行機の機体です。すなわち、飛行機では、最良の接地源は機体です。
[注] 飛行機の機体は、窓を除いてほぼ完全に囲まれていますから、シールドの効果もあります。
◆ 大地に接続することが可能な場合においても、遠くの優れた接地個所に延々と線を引くよりも、近くにある、簡単な接地個所に接続する方が、優れています。高層ビルなどの場合には、付近にある鉄骨を接地として利用するほうが、大地まで、延々と接地線を引っ張るよりも、遥かに優れています(図.9)。
◆ 鉄骨は、間接的には大地に繋がっています。しかしそのことよりも、すぐ傍にある、大きな電気の導体という意味で優れているのです。
シグナル接地は、すぐ傍にある大きな電気の導体に接続すれば効果が期待できます。大地に接続されている必要はありません。フレーム接地が義務付けられている電子機器の場合は、フレーム接地が必要ですが、そうでなければ、シグナル接地としての性能を優先すべきです。
◆ 電子機器は、多くの場合、導電性のフレームに収容されています。導電性性のフレームに収容することは、フレームがシールドの役割を果たすので、ノイズ対策に有効だからです。このフレームは、通常接地します。このとき、フレーム接地と、シグナル接地との関係が問題になります。図.10 に示す、4 通りの組み合わせが、考えられます。
◆ この、どれが 1 番よいか? ということになります。しかし、この問題は、その場所の、ノイズ環境によって異なります。この意味では、正解はありませんが、一応の考え方は、あリます。以下に、考え方の、原則を示します。
フレーム接地とシグナル接地とは、その目的が異なります。したがって、要求される性質も違います。この意味では、別々に接地電極を設けて、個別に配線する図の(a)の方式が、合理的なように思われます。
しかし、フレーム接地とシグナル接地とは、一見独立しているように見えても、実はそうではありません。フレーム接地も、シグナル接地も、それぞれかなりの大きさを持っており、互いに対向している部分もかなりあります。このような状況では、ストレキャパシタンスによる結合があり、フレームグラウンドと、シグナルグラウンドとは、高周波的には、繋がっています。
◆ すなわち、フレーム接地とシグナル接地の間は、ノイズは互いに伝わります。したがって、外見上切り離しても、あまり意味がありません。通常は、フレーム接地とシグナル接地と別々に取らないで、共通の接地とするのが良いと、されています(図の(b)、(c))。それでは、(b)と(C)とでは、どちらが良いのかということになります。(b)の方が優れています。どちらも同じように思われますが、(c)は、共通インピーダンスを作っています。共通インピーダンスは、避けるのが原則です。
(d)は、シグナルグラウンドが接地されておらず、浮いています。シグナルグラウンドは、接地の必要性はありません。フレーム接地が、きれいではないときは、浮かしてある方が、優れていると考えられます。ただし、ストレキャパシタンスによる結合がありますから、やはり、ノイズは伝わります。
◆ シグナルグラウンドは、直接接地しないで、抵抗、インダクタ、コンデンサを介して接地することがあります。状況によっては、これらが有効です。たとえば、直流的には浮かせたいときはコンデンサを、過大電流を防止したいときには抵抗を、挿入します。
フレーム接地は、1 台の機器での、シグナル接地との関係よりも、機器が複数あるとき、それらをどの様にまとめるのかが、重要です。フレーム接地は、フレーム接地自体にノイズが多く乗っている場合があります。とくに強電機器のフレーム接地は、ノイズに汚染されていると考えなければなりません。
接地は、原理的には、大地の電位です。しかし実際には、接地抵抗や、接地線のインピーダンスのために、電流が流れれば、電圧が発生します。接地には、原理的には電流は流れません。しかし、ノイズや、事故時の電流が流れます。
◆ 以上から、電子機器自体のフレーム接地とシグナル接地との分離よりも、電子機器の接地と、強電などのノイズに汚染された接地とを分離することの方が、重要です(図.11)。
◆ このとき、図に示したように、接地点を互いに離すことが必要です。電子機器の接地は、フレーム接地とシグナル接地を共用します。
大地は、接地として、優れた性質を持っています。しかし、大地は導電率があまり高くなく、電流が流れると、かなりの電位差が発生します。この点では、理想的な接地から、大きく隔たっています。このため接地点は、概念的に、図.12に示すような等価回路を構成し、互いの距離が近いときは、相互に干渉します。
◆ この相互干渉の大きさ K (結合係数 )は、互いの距離 d に依存します(図.13)。
◆ 相互干渉が無視できる程度に、距離を離す必要があります。