◆ ノイズは、どこかで発生し、どこかを伝わって、被害を受ける場所で信号に妨害を与えます(図 7)。
◆ したがってノイズ対策は、
★ 発生場所を押さえて、発生させないように対策する。
★ 伝わる場所を押さえて、伝わるのを阻止する。
★ 受けたところを強くする。
の、いずれか、またはその組み合わせに帰着されます。
◆ 図 7は、ノイズを出す加害者 側と、ノイズを受ける被害者 側とに分けてあります。
加害者として、ノイズが他に妨害を与えることを、電磁妨害(EMI :electromagenetic interferrence)といいます。
ところで、加害者と被害者とが同じ機器の内部である場合と、加害者と被害者とが異なった機器にある場合とがあります。
◆ 機器が異なる場合には、さらに、同一システム内にある機器のときと、互いに関係の無い機器のときとが、あります(図 8)。
◆ 同じ機器の内部や、機器が異なっても同一システム内のときは、発生個所と受ける場所の仕様は共に分かっています。
調べることもできますから、その対策を講じることが可能です。
しかし、互いに別なシステムのときは、どのような相手か、全く分からないと、対策の施しようがありません。
どんな弱い相手であっても、妨害を与えないようにすることは不可能です。また逆に、どんなひどい妨害を受けても、それに耐えるような、ノイズ耐性をつけることも、できません。
◆ 以上から、ノイズの発生、すなわちノイズの加害者に対して制約を設けることが必要です。
ノイズの発生に関しては、法的な規制があります。法的規制では、具体的に被害者を想定し、その想定した被害者に対して、妨害を与えないように、加害者を、規制しています。
この規制は、住宅地域や、商業地域などを対象としています。工業地域の方が、ノイズが激しいと考えられます。しかし、工業地域では、自工場が出すノイズの被害は、ほとんどが自工場が受けます。これに対して、住宅地域や商業地域は、すぐそばに、被害を受ける他人が、いるからです。
◆ 昔は、ノイズを受ける最も一般的な被害者として、ラジオを想定することができました。したがって、ラジオを被害者と想定した、EMI規制が作られていました。
被害者側に対する規制は、ありませんでしたが、ラジオ以上の耐ノイズ性を持っていれば、良かったわけです。規制自体は、加害者に対するものですが、結果として、被害者に対する、ノイズ耐性の基準にも、なっていました。
◆ やがて、テレビが普及するにしたがって、被害者にテレビが加わり、規制が改正されました。
加害者は、電子機器以外の電気機器が多かったので、EMI規制も、それらの電気機器を対象としていました。
◆ その後、エレクトロニクスの進歩は著しく、加害者も被害者も、各種各様の機器が使われるようになりました。電子機器は、被害者ですが、同時に、加害者にもなり得ます。
情報機器が巷に氾濫してくると、その加害性が問題になってきました。パソコンなどの情報機器を加害者として、それらを対象とする EMI 規制が必要になります。日本では、パソコンなどの情報機器に対しては、法律ではなく、自主規制の形で運営されています(VCCI)。
◆ 一方、被害者としてのノイズ耐性を、妨害耐性(イミュニティ:immunity)と呼んでいます。
いろいろなものが、使われるようになったことから、被害者としてのイミュニティに対しても、一定の目安を設けることが、必要になってきました。
最近では、イミュニティにも法的な規制を設ける方向になっています。
◆ この、EMIとイミュニティは、総合的に考える必要があります。
一方を厳しくし過ぎると、マクロの経済効率が悪くなります。
両者を総合し、バランスの取れたノイズ対策を行うことが、必要です。
これを、電磁環境両立性(EMC : electromagnetic compatibility)といいます。
EMC の、法的な規制については、この講座の、22章、23 章で、さらに具体的に解説します。
◆ 以上、ノイズは、
どこかで発生し、
どこかを伝わり、
どこかで受ける
わけです。
ノイズ対策は、発生し易いところ、伝わり易いところ、受け易いところに重点を置けば効率的です。
◆ 個別的なノイズの性質やその対策については、この講座のそれぞれの章で、解説してゆきます。ここでは、原則的な、ノイズの性質について、示します。
◆ まず、ノイズは周波数が高いほど、問題になるということです。
ノイズは、周波数が高いほど、発生し易く、伝わり易いという性質を持っているからです。
ノイズ発生を、インダクタンスに流れるノイズ電流を例に説明します。
インダクタンス△は、信号線における回路図にない回路の代表的な存在です。
インダクタンスをL、電流をI、その角周波数をω、ノイズ発生する電圧をVとすれば、
V = j ω L I
ですから、周波数が高いほど、大きなノイズ電圧が発生します。
◆ ノイズが伝わる方は、キャパシタンスを伝わるノイズを、例に取ります。
キャパシタンスは、平行して走る信号線における、回路図にない回路の代表例です。
キャパシタンスをC、そのインピーダンスをZとすれば、
Z = 1 / ( j ω C )
です。周波数が高ければ、インピーダンスが低く、信号は容易に通過します。
◆ 以上から、ノイズは、高い周波数のものが、多く乗ってくることが分かります。
信号の周波数帯域が低いときは、信号よりも高い周波数帯域のノイズが、多いことになります。
このような、信号よりも高周波のノイズは、フィルタ △(ローパスフィルタ △)によって除去することが可能です。
◆ これに対して、信号の周波数帯域が高いときは、信号と同じ周波数帯域のノイズが、多くなります。これは、取り除くことができません。
すなわち、信号の周波数帯域が高く、ノイズの周波数帯域と、帯域が重なるノイズは、乗ってこないように、対策する必要があります。乗ってしまったら、後の祭りです。
◆ ノイズは、伝わってくるノイズのパワーが同じであっても、受けるところのインピーダンスが大きいと、発生する電圧が大きくなります(図.9)。
[図.9] 受け側のインピーダンスと発生ノイズ電圧
◆ P = V・I V = Z・I ですから、
となります。
[注] このこと、および 1.(3-E-a)の解説の内容を裏付ける、実験結果があります。第 7 章を参照してください。
◆ 一般に、ノイズの強さは、パワーで評価します。一般論としては、パワーを考えることが合理的です。
しかし、電子回路の中では、信号のレベルは電圧で判定されます。この意味では、S/N(電力比)ではなく、電圧比で評価した方が適切です。
ノイズを、電力比で評価すべきか、電圧比で評価した方が適切であるかは、その状況によって異なります。適切に使い分けることが必要です。
◆ 回路図にない回路など、とかくノイズは捉え難い存在です。ノイズ対策が難しいと言われる要因です。
しかしノイズも、れっきとした、電気現象です。必ず電気の法則に従がいます。ノイズだから、オームの法則に従わない、といったことは、絶対にありません。
ノイズ対策の大きなポイントが、ここにあります。電気の法則に従がう電気現象として、一つ一つ詰めて行けば、必ず解決します。
◆ ノイズ対策を難しくしている、もう一つの要因は、ノイズ環境 が場所によって、大きく異なることです。
このため、同じ電子機器が、ある場所では良好に動作していたのに、別の場所では誤動作することがあります(図 10)。
◆ また、別の場所で、一見同じようなノイズトラブル現象が発生していても、ノイズ環境の違いから、原因が異なる場合があります(図 11)。原因が異なれば、対策も違ってきます。
◆ 複数のノイズトラブルが複合しているとき、それに対する対策が、相反する場合があります。「あちらを立てれば、こちらが立たず」です(図 12)。
◆ このような場合、多くは、ノイズ環境によって、どちらかの影響が強く出ます。影響の大きい方の対策を立てます。
両方とも問題になるときは、さらに別の対策を考えなければなりません。
◆ 以上のように、ノイズ対策は、色々と問題が多いのですが、一つ幸いなことがあります。
それは、一部の例外を除いて、ノイズを出さなくする対策が、同時にノイズに強くなる対策にもなるということです。その逆、ノイズに強くする対策が、ノイズ発生を減少させることも、成立します。
たとえば、ツイストペアケーブル △ は、ノイズに強いケーブルですが、同時に、ノイズを少ししか出さない、ケーブルでもあります。
◆ デイジタル回路は、アナログ回路に比べると、取扱が容易です。
それは、ノイズ に強いからです。ディジタルICには、ノイズマージンがあります(図 13)
◆ ディジタルICでは、出力電圧のH(ハイ)はVOH以上の電圧を出力し、出力電圧のL(ロー)はVOL以下の電圧を出力します。
一方入力は、電圧がVIHよりも大きいときはH(ハイ)であると判定し、電圧がVILよりも小さいときはL(ロー)であると判定します。
したがって、ICの出力にノイズが乗り、その結果、入力電圧が変化したとしても、その変化量が、図に示したノイズマージン以内であれば、誤動作になりません。
このノイズマージンがあるおかげで、ディジタル IC を使用したディジタル回路は、通常の使い方では、誤動作しません。
◆ ディジタル IC は、回路技術を意識する必要は無く、ロジック動作だけを考えて、利用することができます。
しかし、ディジタル回路であっても、ノイズが大きくて、ノイズマージンの値を超えれば、誤動作になります(図 14)。
◆ ディジタル回路はノイズに強いのですが、その代わり、ノイズにやられたときは、1 と 0 とが反転するという、重大な誤動作に結び付きます。
ディジタル回路がノイズによって誤動作するかどうかは、図 14 に示したような波形を、アナログとして検討することが必要です。
◆ この例のように、ディジタル回路であっても、ノイズ対策のためには、アナログの技術を必要とします。一般に、アナログ技術の方が、ディジタル技術よりも難しいと、されています。ノイズ対策に、アナログ技術が必要であることが、ノイズ対策が難しいと言われる、一つの原因と、考えられます。
しかし、アナログの技術も、決して難しいものでは、ありません。この講座では、アナログの技術を易しく解説しています。
◆ アナログ回路では、信号の大きさが、必要な情報です。その信号は、真の値に誤差 が加わったものです。
信号にノイズ が乗れば、そのノイズが、さらに誤差を大きくします。
[注] ノイズと誤差の向きによっては、ノイズによって誤差が減少する場合もあります。しかし、確率的・統計的には、誤差の増加です。
◆ しかし現実には、ノイズを除いた純粋の誤差と、ノイズとを識別することはできません。
1.(1-B) において、意図しない波形の歪みを、ノイズと定義しました。この定義は誤差の定義としても、成立する定義です。
誤差とノイズとの関係は、図 15のように、考えた方が、良いでしょう。
◆ 図における「信号」は、真の値に誤差とノイズとが加わったものです。この信号の値が、結果として許容誤差を超えたとき、誤動作が発生したと、考えます。
このように、アナログ回路では、いわゆる誤差の問題とノイズの問題とを、切り離して考えることはできません。
◆ 切り離して考えることはできませんが、両者を総合した結果としての誤動作 は、図のように定義することができます。
そして、この誤動作は、誤差と、ノイズとが、総合された結果発生したものです。
[注]
真の値は、知ることができません。真の値を知ることができなければ、許容誤差の範囲も、具体的には分かりません。
実用上は、今問題にしている許容誤差に対して、それよりも十分に精度が高い測定器で計測した値を、真の値の代わりに使用します。
◆ アナログ回路においては、信号のレベルも、必要な精度も、まちまちです。信号のレベルが低く、かつ高精度を必要とする場合は、ごく小さなノイズが問題になります。このような場所のノイズ対策には、高度な回路技術が必要です。
信号レベルが高く、必要な精度も低いときは、ディジタル回路よりも、ノイズ対策が楽なときもあります。
◆ これに対して、ディジタル回路では、信号のレベルも、必要な精度も、ほぼ、一定です。アナログ回路におけるノイズ対策の難しさは、ケースバイケースであって、一律に行かないところにも、あります。
★ 私たちは、アナログの世界に住んでいます。自然界に存在する量は、たとえば、長さや目方など、ほとんどが、アナログです。これに対して、たとえば、石の数は、一つ、二つと数えます。これは、ディジタルです。
時計にも、アナログと、ディジタルとが、あります。
★ アナログとディジタルの違いは、大雑把にいうと、上記の、時計の例の、とおりですが、もう少し、詳しく眺めて見ましょう。
アナログは、繋がっていて、切れ目がありませんが、ディジタルには、切れ目があります。
★ アナログとディジタルの違いは、上記の例よりも、時間的に変化する量の方が、良く分かります。時計は、表示が、時間的に変化していますから、時計で、示しましょう。
アナログは、切れ目が無く、連続的に変化していることが、分かります。ただし、分解能や、視差がありますから、現実には、いくらでも、細かく見るという訳には、ゆきません。
★ 今は、ディジタルの時代です。世の中のものは、どんどん、アナログからディジタルへと移り変わっています。アナログなんて古臭いと思っている人も、多いでしょう。たしかに、ディジタルの方が、安くて便利なもが、多いようです。
★ しかし、アナログにも、アナログの良さがあります。とくに、表示に関しては、アナログで無いと、困る場合があります。
★ 表示における、ディジタルの良さは、正確な読み取りにあります。アナログの指針は、正確な読み取りが困難です。ディジタルでは、表示の桁数が多ければ、何桁でも、読み取れます。アナログでは、そうはゆきません。
ただし、ディジタルは、読み取りが正確なのであって、実際に誤差が無いことを、保証しているのではありません。狂った時計を、いくら正確に読み取っても、何の意味もありません。
★ 表示の読み取りで、アナログがディジタルに勝っている点は、比較の容易さにあります。
私たちが、時計を見るとき、「今、何時何分何秒かな」と思って時計を見ることは、ほとんど無いでしょう。「もう 12 時を過ぎたかな」という見方が多いとおもいます。ディジタルでは、時刻を読みとって、頭の中で計算しなければなりませんが、アナログなら、パターンとして、瞬時に判定することができます(上図 左)。
★ 時計は、いろいろなときに、いろいろな目的で見ます。上記のような、見方だけではなく、時刻を正確に読み取りたいときも、あります。この両方に、対応するのが、アナデジ時計です(上図右)。ただし、実用性というよりも、デザインなのかも知れません。
◆ 具体的にノイズ対策を検討するとき、とくにイミュニティを考えるときは、実機にノイズを加えてテストを行なうことが必要です。
このとき、自然に存在するノイズを利用することは、実用性がありません。
自然に存在するノイズは、大きさや波形が不定であり、しかも必要なときに、自由に加えることはできません。
◆ したがって、自然のノイズの代わりに、人工のノイズを作って加えます。
この人工ノイズ発生器のことを、ノイズシミュレータと呼んでいます(図 16)。
◆ ノイズには、各種各様なものがあります。ノイズシミュレータにも、各種のノイズを模擬するシミュレータ製品が、市販されています(23.(4)参照)。
◆ 回路動作を確認するためには、回路を組んで実験を行います。
実際に回路を作って実験する代わりに、コンピュータのプログラムで模擬回路を作り、コンピュータによるシミュレーション (模擬実験)を行なうこともできます。
これを、回路シミュレーション と呼んでいます。
◆ この回路シミュレーションを行うプログラムのことを、回路シミュレータ といいます。回路シミュレータは、元々は、回路設計を目的として作られたものですが、ノイズの解析にも、利用することができます。
回路シミュレータには、アナログ回路を模擬する、アナログ回路シミュレータ 、ディジタル回路を模擬するディジタルシミュレータがあり、アナログ/ディジタル混在回路を模擬できるものもあります。
◆ ノイズの問題は、1.(6) に述べたように、ディジタル回路のノイズであっても、アナログとして解析する必要があります。したがって、ノイズ問題の解析には、アナログ回路シミュレータを使用します。
回路図に無い回路であっても、その特性は、アナログ素子で表わすことができますから、回路シミュレータを利用することができます。
ただし、一般のアナログ回路シミュレータは、放射の問題を取り扱うことができません。
ノイズは、回路図に無い回路として、ストレキャパシタンス、相互インダクタンス、さらには、電波の形で伝わるものがあります。これら、とくに電波を取り扱うためには、放射をシミュレートする必要があります。
◆ 最近では、ワイヤレス回路用のシミュレータが開発され、放射関係のシミュレーションも可能になっています。
また最近では、ノイズ対策用の専用のノイズシミュレータ が作られれています。これらの多くは、放射ノイズを取り扱うことができます。
[注] 名前は同じノイズシミュレータですが、(7-A)のノイズシミュレータとは別のものです。
◆ ノイズ対策は、いわゆるノイズ対策技術、と呼ばれているもの自体が、広い範囲の技術にまたがっています。
またさらに、実際にノイズ対策を行なうには、いわゆるノイズ対策以外の技術が必要です。
アナログ回路においては、回路誤差が問題になります。この誤差の問題は、アナログ技術の重要な分野の一つとして、ノイズ対策とは別に、取り扱われています。
◆ しかし、1.(6-B)アナログ回路のノイズ で述べたように、どこまでが誤差であり、どこからがノイズであるかという区別を、付けることはできません。
また、ノイズのトラブルシューティングにおいて、「この問題は、ノイズでは無く、誤差の問題ですから知りません」、というわけには行きません。
結局、ノイズ対策は、広い技術分野を総合した、応用技術です。
◆ ノイズ対策に限らず、全ての技術は、単に表面の現象を捉えるだけでは不充分です。
原因を探求し、原因を突き止めておくことによって、真の技術になります。
この意味では、ノイズ対策だけが特別なのでは、ありません。
◆ しかし、ノイズ対策の場合には、色々対策を行なっているうちに、なんとなく解決した、というケースもあります。
このようなときに、めでたし、めでたしで終りにしてしまうこと、が多いと思います。しかし、原因を探求し、原因を突き止めおくことが、重要です。
◆ 結果が、よってきたる原因を、掴むことによって、単なる経験が、技術になります。単なる経験では、応用が効きません。
◆ これも、ノイズ対策に限らないことです。安くて、効果を上げる、ことが重要です。
ノイズ対策に限りませんが、予め対策してあれば、安く、場合によっては、コストアップ無しにできることがあります。しかし、トラブルが発生てからでは、トラブルシューティングに多くの時間が掛かり、その対策に、費用が、かさみます。
最初の、開発、設計の段階で、予め良く検討して、事前にノイズ対策を織り込んでおくことが重要です。
◆ たとえば、プリント基板のパターンを適切に引くことによる、ノイズ対策は、はじめのパターン設計で対策を立ててあれば、特別な費用は掛かりません。しかし、問題が発生し、パターンを作り直せば、多額の費用が発生します。
◆ 一般に、過剰品質は、コストアップにつながりますから、避けなければなりません。
しかし、ノイズ対策は、予め的確に検討しておくことが、難しい場合もあります。
この意味では、予め、多少余分な対策を立てておくこと、すなわち過剰品質であっても、ノイズ対策の場合には、やむを得ないと考えるべきでしょう。