◆ ノイズ対策の、有効かつ重要な手段として、絶縁があります。
信号には、ノーマルモードとコモンモードとがあります。また、信号には周波数帯域があります。
欲しい信号には、ノーマルモードを使用します(2(4-A)参照)。これに対して、ノイズは勝手に発生し、勝手に伝わってきますから、ノーマルモードノイズとコモンモードノイズとの、両方があります。
ノイズのモードと、欲しい信号との周波数帯域の重なり方によって、ノイズ対策の難易度が異なります。表.1において、緑→青→橙→赤の順に対策が困難であることを示します。
周波数帯域 | ノーマルモードノイズ | コモンモードノイズ |
---|---|---|
重なる | 対策無し お手上げ | モードの違いを利用できる |
異なる | フィルタを利用できる | モードの違い/フィルタ 両方可 |
◆ 信号には、ノーマルモードを使用します。これに対して、ノイズは、コモンモードが大半です。信号とノイズとで、モードが異なるときは、平衡を利用した平衡レシーバを使用します。平衡レシーバを使用することによって、コノンモードが除去され、ノーマルモードだけを取り出すことができます。
ノイズが、ノーマルモードのときは、モードの違いを利用することはできません。しかし一般に、ノイズは、信号よりも、高周波です。周波数帯域の違いを利用して、ローパスフィルタによって、信号とノイズを分離します。(2.(6)参照)。
本来ノイズ対策は、全てのノイズに対して完璧であることが望ましい訳です。しかし、ノーマルモードノイズは、コモンモードノイズよりも、対策が困難です。
したがって、ノーマルモードノイズ対策の方を優先する必要があります。その結果として、コモンモードノイズ対策が後回しになりがちです。
この考え方は、正しいのですが、コモンモードノイズの方が発生しやすく、かつ伝わりやすい性質を持っています。
◆ その結果として、極めて大きなコモンモードノイズが、乗ってくることが多いのです。たとえば、サージは、1,000Vを超えるものも、あります。
強烈なサージは別としても、平衡レシーバでは対処不可能なノイズは、ざらにあります。しかし、このような大きなコモンモードノイズでも、それを、除去できる手段があります。
絶縁 と呼ばれるノイズ対策素子を、利用することです。絶縁という言葉は、電気を通す導体に対する絶縁体、という意味で使用される言葉と、ここで述べるノイズ対策素子としての絶縁という、2 つの意味を持っています。
◆ 絶縁は、極めて大きなコモンモードノイズを除去する手段です。絶縁の原理を図.1に示します。
◆ 絶縁は、ノーマルモードの電気信号を、非電気の信号に変換し、さらにその非電気の信号を、ノーマルモードの電気信号に変換する 2 重変換です。
この 2 重変換によって、上流側のノーマルモード信号は、下流側に出力されて、伝わります。しかし、コモンモード信号は、上流側と下流側とで互いに電気的に絶縁されていますから、伝わりません。
このように、上流側と下流側とが、電気的に絶縁されていることから、絶縁の名が付いたわけです。
絶縁の耐圧が大きければ、極めて大きなコモンモード電圧にも耐えて、目的を達成することができます。
◆ ただし、絶縁されているとは言っても、その絶縁抵抗は無限大ではありません。したがって、絶縁の能力は、図.2のように評価されます。
◆ 絶縁素子の絶縁抵抗は、通常は極めて高いので、コモンモードは十分除去されます。
ただし、本当は、抵抗ではなくインピーダンスで評価しなければなりません。コモンモードノイズが高周波のときは、絶縁素子または周辺のストレキャパシタンスが効いてきます。ストレキャパシタンスによって、高周波のノイズが通ってしまいます。コモンモード除去は、必ずしも十分ではなくなります。
その対策として、シールドを併用する必要があります。
◆ 具体的な絶縁の機種として、代表的な3機種があります(図.3)。
◆ この3機種について、概略の比較を表.2 に示します。
[表.2] 3機種の概略の比較
フォトカプラ | トランス | リレー | |
---|---|---|---|
伝える信号 | 直流〜交流 *) | 交流のみ | オン/オフのみ |
直線性 | 悪い | 良い | 無い |
用途 | 主にディジタル | アナログ/ディジタル | ディジタル |
動作速度 | 主に中速 高速も可 |
超高速可能 低速は寸法大 |
低速 |
平衡性 | 不平衡 | 平衡 | 平衡 |
電源供給 | 必要 | 不要 | 必要 |
◆ フォトカプラ は、電流〜光〜電流の変換を行う絶縁素子です。
図.3 では光〜電流の変換素子として、フォトトランジスタ を使用していますが、フォトダイオードを使用したものや、フォト MOS を使用したものもあります。フォト MOS の場合は、光〜電流ではなく、光〜抵抗の変換になります。
光〜電流変換の基本素子は、フォトダイオード です。フォトダイオードの出力電流は微小なので、増幅するために、バイポーラ形トランジスタとを組み合わせた素子が、フォトトランジスタ です。また、MOS 形トランジスタと組み合わせたものが、フォト MOS です。
フォトトランジスタを使用したフォトカプラは、直線性が悪いので、主にディジタル用に使用されます。通常は、10kbps(k ビット/秒)クラスまたはそれ以下に使用されます。
◆ フォトダイオードを使用したものは、高速です。ディジタル回路を内蔵して、直接 TTL レベルを出力する製品があります(図.4)。Mbpsクラスが可能です。
◆ フォト MOS を使用したものは、アナログスイッチとして使用できます。アナログスイッチ は、双方向のアナログ信号をスイッチすることができます。
ただし、一般の MOS をアナログスイッチとして使用した場合と同様に、スイッチとしての特性は機械式接点よりも劣ります。すなわち、オン抵抗は機械式接点よりも高く、オフ抵抗は機械式接点よりも低くなります。
★ フォトトランジスタ方式フォトカプラの設計例を示します。回路は下記の通りです。
★ フォトカプラで絶縁するのですから、電源/グラウンドが共通であっては、意味がありません。当然電源/グラウンドは互いに絶縁された、別系統でなけばなりません。
★ ここで決めなければならないのは、2 つの抵抗 R1 と R2 の値です。
与えられた仕様は、図に示したほか、次の通りです(ここで必要なもののみ)。
LED の順電流 IF = 10 mA
LED の順電圧 VF = 1,3 V
変換効率 Ef = IC / (IF + IC) = 80%
★ 先ず R1 を求めます。
R1 = (5 - 1.3)V / 10mA = 370Ω R1 = 330Ω を選定
[注] IF は、与えられた仕様よりも大きめに選びます。したがって R1 は、標準抵抗値の中から、計算値よりも小さいものを選定します。
★ 次に R2 を求めます。
R2 = 5V / IC = 5V / (IF × Ef) = 625Ω R2 = 1kΩ を選定
[注] R2 による電圧降下は少な過ぎると負荷の IC の動作が保証されません。したがって R2 は、計算値よりも大きいのもの選びます。また、素子特性の経年劣化を見込んで、さらに 1 段大きくしています。
◆ トランス の原理は、電流変化〜磁気変化と、磁気変化〜電圧変化との 2 重変換です。したがって、信号として、交流が必要で、直流は使用できません。
しかも通常は、純交流でなければならず、直流成分が重畳することも許されません。直流成分があると、トランスのコアが磁気飽和するからです。
[注] 直流が重畳しないために、ゼロと1のディジタルデータを送るとき、ゼロと1を、特定の符号に変換して送る方式があります。その 1 例が、下記のバイフェイズ符号と呼ばれている、符号です。
上記の波形は、1ビットの時間幅を前半と後半とに分けて、"1"はビットの前半がハイ後半がロー、ゼロはビットの前半がロー後半がハイとなっています。したがって、"1"とゼロとが、どんなパターンになったとしても、完全な交流が保証されます。
◆ トランスには、このような制約があることから、絶縁素子としては、使い難い面があります。しかし、他の絶縁素子には無い、大きな特徴があります。
(1) トランスは、電源トランスに使用していることからも分かるように、上流から下流にパワーを伝えます。したがって下流側に別電源を供給しなくても動作します。フォトカプラでは、下流側に別電源を必要とします。
(2) トランスは、平衡回路です。コモンモードノイズ対策として、平衡は重要な性質です(4.(2))。フォトカプラは不平衡ですから、トランスは、この点で勝ります。
(3) さらに、トランスは、トランスを介して平衡回路と不平衡回路とを接続することによって、平衡回路の部分を、平衡なままに保つ、という性質があります(図.5)。
◆ (a)では、ドライバとツイストペア線が、平衡であるにも関わらず、レシーバだけが不平衡であるために、回路全体としては不平衡です。すなわち、不平衡な部分が、少しでも存在すると、全体が不平衡になってしまいます。平衡部分であるツイストペア線のところに入ったノイズは、その場所ではコモンモードですが、レシーバのところでノーマルモードに化けます(4.(2-B))。
これに対して、(b)では、トランスが入っているので、侵入したコモンモードノイズは、ノーマルモードに化けることなく、トランスで阻止されます。
◆ トランスは、通す信号の周波数帯域幅から、狭帯域 用と広帯域 用とがあります。
狭帯域トランスは、特定の狭い周波数範囲の信号のみを通す特性を持ち、シャープなバンドパスフィルタの働きをします。広帯域トランスは、任意波形の信号を歪無く通すことが目的で、フラットな周波数特性を持っています。
しかし広帯域用といっても、その帯域幅は、非常に広いという訳では、ありません。信号周波数に合わせて、トランスを、選択する必要があります。
この点フォトカプラは、周波数の上限はありますが、低い方は直流まで通ります。
◆ このトランスの周波数帯域が限られているということが、逆に役立つ場合もあります。
同軸ケーブルは不平衡です(4.(3-B))。不平衡ですから、ノーマルモードノイズが載ってきます。載って来るノーマルモードノイズの、代表的なものが、商用周波数ノイズです(4.(3-B))。
信号周波数に適した高周波用トランスを使用することによって、コモンモードノイズとともに、この低周波のノーマルモードノイズをカットすることができます(図.6)。
(A) 概要
★ トランスは、ディジタル回路の絶縁にも使用されています。ディジタル信号用のトランスを、パルストランス と言います。
ディジタル信号、すなわちパルスは、矩形波です。矩形波の角の部分は、原理的には、無限大の周波数までの成分を含みます。現実には、無限大と言うわけには行きませんが、かなり高い周波数までを、含む必要があります。
★ したがってトランには、広帯域トランスを使用します。つまり、パルストランスは広帯域トランスの 1 種であり、それ以上に、特殊なトランスではありません。
ただし、パルストランスと呼ばれている製品は、パルスに適用するのに便利な特性値がデータシートに記載されていますから、トランスの選定、および回路設計が容易です。この意味で、パルストランスは、ディジタル信号用のトランスです。
(B) 特性
★ パルストランスの出力波形は,矩形波であることが理想ですが、現実には各種の歪があります。
★ 上記のテスト回路において、下記の波形が観測されます。
★ トランスは、使用条件によって、振動的な応答(図の実線)を示す場合と、非振動的な応答(図の制動的応答)の場合とがあります(図の 2 点鎖線)。
(A) トランスの等価回路
★ トランスは、1 次側と 2 次側とに分かれています。設計にあたっては、そのどちらかを他方に換算して、統一して取り扱います。(a)は、元になるトランス回路、(b)は、1 次側に換算した、等価回路です。
ここでは、簡略の設計法を示します。
(B) 磁気飽和と ET 積
★ トランスは、直流を印加し続けると磁気飽和 を起こします。
★ 写真は、完全に磁気飽和した極端な例です。A の部分は、ドループによる波形、Bの部分が磁気飽和による波形です。
時間幅が広いパルスは、トランスにとっては、直流です。パルストランス設計の第一は、パルス幅を、磁気飽和が起こらない範囲に、抑えることです。
★ パルストランスには、ET積 と呼ばれる特性値があります。E はトランスに印加する電圧、T はその時間です。ET 積は、E と T との積です。ET 積は、トランスの磁束密度を表わします。
トランスのデータシートには、ET 積が記載されています。データシートに示されている ET 積は、トランスの飽和磁束密度です。
トランスの ET 積(データシートの値) > 印加するパルスの ET 積
となるように、トランスを選定します。
(C) ドループとアンダーシュート
★ ET 積によって、選定するトランスの候補を絞ったら、次は、ドループとアンダーシュートによる、トランスの選定です。上記の波形写真に見られるような大きなドループは許容できません。
ドループは、トランスの1次インダクタンス (トランスの等価回路の Lp)に起因します。トランスの 1 次インダクタンスとは、トランスの 2 次側を開放した状態で測定した、トランスの 1 次側のインダクタンスのことです。
ドループの設計を行う場合には、トランスの等価回路を、さらに近似して、
★ 上図のように見なすことができます。これを解けばドループの大きさが求まります。ドループの波形は指数関数ですが、ドループ D の大きさは十分小さくなればなりません。この場合には、直線で近似することができ、
D = (R×τ) / Lp
となります。ただし、τ はパルス幅で、R = (R1×R2) / (R1 + R2) です。
通常は、ドループが十分小さい範囲では、アンダーシュートも十分小さくなります。
(D) 立ち上がり
★ 立ち上がり波形を検討する場合のトランスの等価回路は、
★ 上の図で表されます。ここで σ は、トランスの漏洩インダクタンス です。漏洩インダクタンスは、トランスの 2 次側をショートした状態で測定した、トランスの 1 次側のインダクタンスです。
等価容量 C には、トランスだけでなく、その周辺のストレキャパシタンス等を含みます。
ただし実際には、上記のトランスの等価回路には示されていない、スイッチングトランジスタなどの外部回路のほうが支配的です。通常は、スイッチング回路の立ち上がり速度が、トランス自体の立ち上がり速度よりも十分速いので、上記の、トランス単体の立ち上がり速度を考えれば、問題ありません。。
◆ リレー(電磁開閉器などを含みます)は、通常は、絶縁を目的として、使用されてはいません。しかし、絶縁機能を持っていますから、絶縁の目的で使用したり、または、絶縁の目的に、兼用します。スイッチとしての特性はすぐれていますが、機械式の接点ですから、速度が遅いことが欠点です。
なお、高周波に使用するときは、リレーの接点間の、ストレキャパシタンスによる結合が、問題になる場合があります。このような場合には、結合が問題になる接点間に、余分の接点を設けて、その接点をグラウンドに落とすことによって、シールドの効果を持たせます。
◆ コモンモードチョークは、絶縁ではありませんが、絶縁と同様に、極めて大きなコモンモードノイズを阻止する素子です。便宜上、ここで説明します。コモンモードチョーク は、チョークコイルに属し、バラン 、伝送用トランス とも呼ばれています(図.7)。
◆ 構造がトランスと同じであり、同じものを使用できることから、伝送用トランスの名もありますが、接続が異なり、機能的には、トランスではありません。
機能上は、インダクタです。ただし、2 つのコイルが結合されているので、単体のインダクタが、単に 2 つ並んでいるのとは、動作が異なります。すなわち、ノーマルモードに対してと、コモンモードに対してとでは、異なった働きをします。
コモンモードに対してはインダクタとして働きますが、ノーマルモードに対しては単なる素通しです。
上流と下流とは導体で結ばれていますから、絶縁の効果は全くありません。しかし、大きなコモンモードを阻止し、ノーマルモードを通すという点では、トランスと似ています。
◆ 具体的な各特性は、トランスとちょうど反対です。目的、用途によって、トランスと使い分けます(表.3)。
◆ コモンモードチョークは、コモンモードに対してはインダクタですから、インピーダンスは周波数に比例して高くなります(1.(c2)、参照)。すなわち高い周波数ほど効果が高くなります。
[注] ただし、インダクタとして有効な現実特性の範囲内での話です。現実特性として、有効な範囲を超えれば、インピーダンスは低下します(1.(2-A)参照)。
◆ これに対して、トランスはコモンモードに対しては、原理的には周波数特性を持ちません。しかし、1 次/ 2 次間のストレキャパシタンスが無視できないために、高周波ノイズを通してしまいます。
[注] コモンモードチョークにも上記[注]のような限界があります。しかし、トランスとの相対的な比較において、コモンモードチョークの方が、より高周波まで有効だということです。
◆ 絶縁が必要で、かつ高周波ノイズを十分にカットする必要がある場合には、図.8に示すように、トランスとコモンモードチョークを併用します。