◆ 絶縁素子としてトランスを使用するときは、トランスが適切に選定されていないと、伝送波形が歪みます。ここでは、ディジタル伝送、すなわちパルストランスを使用して、パルス伝送を行う場合について、考察します。
◆ このようなことは、ほとんど考えられませんが、極端な場合は、磁気飽和を起こします。通常は、、必要な ET 積を満足するように、トランスの ET 積を選びますから、磁気飽和を起こすことはありません。しかし、トランスの 1 次インダクタンスが不足していると、サグ(アンダーシュート)と、はねかえりが発生します(ノイズ対策 19.[コラム.2](B)参照)。
◆ 図.8 は、シミュレーションによる波形です。
◆ シミュレーションでは、トランスは、等価回路で表わします。図.9 の等価回路は、トランスのサグを検討するときの近似等価回路です。
◆ 図.8 の波形は、下記の条件における波形です。
R1 = 10Ω
R2 = 100Ω
Lp = 6mH、600μH、200μH、60μH
◆ この R1 は、信号源インピーダンスと、トランスの 1 次側巻線抵抗とを加算した値です。R2 は、トランスの等価負荷抵抗ですが、このトランスの巻線比が 1 なので、トランスの負荷抵抗そのものです(巻線比が N のときは、等価負荷抵抗は、N2倍になります)。Lp は、トランスの 1 次インダクタンスです。
◆ この定数は、ある実在のトランスの特性を使用しています。このトランスの 1 次インダクタンスは 6mH なのですが、このトランスが適正に選ばれているので、サグが観測されません。そこで、1 次インダクタンスだけを、故意に 3 段階小さくして、サグのある波形を作りました。
◆ 入力電圧を、ステップ状に変化させると、それに対応して出力もステップ状に変化します。入力電圧を 1 定時間加えた後に、入力電圧をゼロに戻したときの、出力電圧の変化幅は、電圧上昇時と同じです。したがって、サグがあると、そのサグの大きさと等しい大きさの、はねかえりが観測されます。
◆ この図からも分かるように、パルストランスは、それを単体で使用するときは、適切に選定すれば、サグやはねかえりが無い、良好な応答が得られます。
ただし、トランスの巻線に直流が重畳すると磁束が飽和します。直流の重畳 を避ける必要があります。
★ この、[SIM.X.Y] の欄は、シミュレーションに関する詳細な解説です。シミュレーションに関心がある読者、とくに自分でシミュレーションを行いたい読者は読んでください。シミュレーションそのものには、興味が無い読者は、この[SIM.X.Y] 欄を読み飛ばすと良いでしょう(以降も同じ)。
★ シミュレーションのプログラムは、*.cir ファイルです。この講座では、シミュレーションプログラムは、原則として本文の図と対になっています。したがって、シミュレーションプログラムのファイル名は、対になる図番号と対比できる名称にしてあります。たとえば、ここに示すプログラムは、図.8(fg8.gif)に対応していますから、fg5_8.cir です。
★ シミュレーションプログラムのリストをLIST.5.8に示します(リスト番号も、同様に揃えてあります)。
[LIST.5.8]
fg5_8 trans sag and rebound .tran 100n 20u ; トランジェント解析 .step param l list 6m 600u 200u 60u .param l=6m vp 1 0 pwl(0,0)(1U,0)(1.01U,3)(5U,3)(5.01U,0) r1 1 2 10 l1 2 0 {l} r2 2 0 100 .probe .end
★ 以下に概要を解説します。デバイスやコマンドの一覧が、PSICEインデックスにあります。デバイスやコマンドの詳細な解説は、講座「自動制御」にあり、PSICEインデックスから、リンクすることができます。
★ *.cir プログラムの、最初の 1 行は、コメントです。この最初の行のコメントは、特殊な役割を持っています。
★ 3 行目(見やすくするために空行を入れてありますから、実質的には 2 行目です) : .tran は、解析の種類が、トランジェント解析(コマンド .tran)であることを示します。最初の数字 100n は、解析のプリント・ステップ値、次の 20u は、解析の終了時間を示します。なお、*.cir ファイルでは、ギリシャ文字は使えませんから、u はマイクロを意味します。
★; 以下はコメントです。この ; で始まるコメントは、行の途中から、それ以降をコメントとする場合に使用します。このリストでは使っていませんが、行頭からコメントの場合は、行頭に * を入れます。
★ 7 行目の v はデバイス 電圧源です(p は、デバイス v の番号です。番号は、この例のように、数字でなく文字を使用することができます)。電圧源には幾つかの種類があります。この電圧源は、pwl と呼ばれる種類の電圧源です。
★ pwl は、折れ線による任意波形の電圧を発生します。ここでは、1 発のパルスを作っています。折れ点を、時刻と電圧値の組で与えます。たとえば、最初の組(0,0)は、時刻ゼロで電圧がゼロであることを、次の(1U,0)は、時刻 1μsのとき電圧がゼロであることを示します。当然、時刻順に並べなければなりません。記述した最後の組以降は、その最後電圧値が持続します。
★ vp の次にある数字、1 と 0 とは、ノードです。ノードは、回路の配線接続を表わします。この例では、電圧源 vp は、ノード 1 と、ノード 0 とに接続されています。ノード 0 は、常にグラウンドを表わします。
★ 9 行目 r は、デバイス 抵抗です。次の 2 つの数字はノードです。ノード 1 は、電圧源 vp にもありますから、相互に配線されていることを示します。3 番目の数字は、抵抗の値です。11 行目の r2 も抵抗です。
★ 10 行目 l はデバイス インダクタです。次の 2 つの数字は、抵抗と同様にノードです。その次が、インダクタンス値を示します。ただし、ここは数字ではなくて文字になっています。数学で、数値を文字で代表させるように、PSPICE でも、文字やさらには式で表わすことができます。ただし、PSPICE では、リストに示してあるように、数値を文字または式で表わしているときは、それらを { } に入れなければなりません。
★ 6 行目 数値を文字で表わしたときは、その数値を別のところで指定する必要があります(文字のままで、数値が示されなければ、計算はできません)。この数値を指定するコマンドが、.param です。ここでは、文字 l を l=6m として、指定しています。この場合は、インダクタですから、単位は H (ヘンリー)です。インダクタであれは、H に決まっていますから、単位記号 H を記述する必要はありません。ただし、書いてもエラーにはなりません。書くかどうかは、好みの問題です。この講座では、単位記号は書きません。
★ ここに書いてある m は補助単位の「ミリ」です。補助単位の書き方は、自動制御 2.1.5.表.2-1-2 にあります。間違いやすいので注意しなければならないのは、ミリ(m) とメガ(mega) です。PSPICE では、大文字と小文字が区別されませんから、M は m と同じで「ミリ」です。そして、メガは、MEG または meg です。
★ 5 行目 .step は、数値を変えてケーススタディを行うためのコマンドです。その結果は、図.8 に示されている通りです。1回の*.cir の演算で、パラメータ値を変えた、複数の演算を行います。そして、1 つの図に表示されます。.param と .step は、PSPICE を使用する上で、きわめて有効なコマンドです。
.step コマンドを使用したとき、.step の対象となる .param コマンドの値(この例では、l=6)は無視されて、.step の list に示された値が使用されます。しかし、.param における値の指定を省略することはできません。
◆ 伝送路のシミュレーションモデルは、4.2.(3-E) に示した、伝送路の総合特性モデルを使用するのが便利です。このモデルは、伝送路の減衰の周波数特性と、反射とを含み、実際の伝送路を良く表わしています。
トランスは、サグが問題となりますから、5.2.(1) 図.9 に示した等価回路モデルを使用します。
◆ 最も簡単なモデルは、伝送路の一端にトランス絶縁されたドライバ、他端にトランス絶縁されたレシーバがあるモデルです(図.10)。
◆ これを単純化したモデルで表わすと、図.11 になります。
◆ モデルは、トランスの特性を調べることが目的です。したがって、伝送路の両端は適正に終端し、トランス以外の特性による波形歪みが無い条件とします。終端抵抗は、RS と RL です。
ドライバは、最も単純には、出力インピーダンスをゼロとみなして、電圧源で表わします。実際にはドライバの出力インピーダンスが無視でいない場合は、ドライバの出力インピーダンスと終端抵抗との和が適正な終端値になるように終端抵抗 RS の値を決めますから、結果としてモデルと同じになります。
◆ 厳密には、ドライバ自体の遅れを考える必要があります。しかし、通常は、十分に高速なドライバを使用しますから、これを無視します。
トランスは、通常漏洩インダクタンスは無視できます。トランスの 1 次インダクタンス LT を考えます。
◆ 負荷側は、レシーバの入力インピーダンスは十分に大きく、無視できます。実際には無視できないときは、レシーバの入力インピーダンスと負荷側の終端抵抗との並列合成値が適正終端になるようにします。結果として、モデルと同じになります。
トランスは、5.2.(1) に示したものを使用し、伝送路は通信ケーブル cpev 0.65 D とします。
シミュレーションモデルを SIM.5.2 に示します。
★ 回路ファイル fg5_12.cir のリストを LIST.5.12 に示します。この回路ファイルは、以降多くのprobe 画面を作りますが、回路ファイルの命名法にしたがって、以下の最初の probe 画面の図番号を取って名を付けてあります。
[LIST.5.12]
fg5_12 transient resoanse for simple line with transformer .TRAN 20N 40U 0 20n uic ; トランジェント解析の指定 VP1 1 0 PWL(0,0)(1U,0)(1.01U,1)(5U,1)(5.01U,0)(9U,0) +(9.01U,-1)(13U,-1)(13.01U,0)(17U,0)(17.01U,1)(21U,1)(21.01U,0) +(25U,0)(25.01U,-1)(29U,-1)(29.01U,0) ; 信号波形の指定 .step param lt list 1k 6m ; ケーススタディのためのコマンド .param lt=6m .param rl=1g rs 1 in 100 lt1 in 0 {lt} rl1 in 0 {rl} xline in out line params: len=400 rl2 out 0 {rl} rlt out 0 100 lt2 out 0 {lt} .subckt lin in out xln in out mult params: lg4=1 .ends .subckt mul in out xmult in out cpev601 .ends .lib "..\dtran.lib" .probe .end
★ このモデルは、基本的には fg4_17 と同じです。それにトランスおよび抵抗負荷を追加したものです。また、ケーススタディのための .step コマンドが追加されています。
ダウンロード fg5_12.cir
◆ トランス無しと、適正なトランスを、伝送路の両端に挿入した場合とを、図.12 に示します。
◆ トランスが適正に選ばれていれば、トランスを挿入したことによる波形変化はほとんどありません。
次に、伝送路のみで、伝送路の長さを変えときを示します(図.13)
◆ 伝送路の長さに比例して、遅れ(むだ時間)が大きくなっています。また、減衰量の周波数特性が激しくなり、高周波の減衰が大きいため、波形の角が取れています。しかし、波形はしっかりしていますから、伝送には、問題が無いと思われます。ただし、信号レベルが小さいので、ノイズが大きい場所では、S/N が悪くなり、その影響があるでしょう。
このケーススタディは、.step コマンドで行うことはできません。1 回の演算で、複数の回路ファイルの演算を行い、かつそれを同一 probe 画面に表示する方式があり、それを使用しています(自動制御 2.2.8.(2)参照)。
◆ トランスの影響を調べて見ましょう。適正なトランスでは影響がありませんから、故意にトランスの 1 次インダクタンスを小さくしてみます。
◆ トランスの 1 次インダクタンスが小さくなると、極めて大きな波形歪みが発生します。1 次インダクタンスが、0.5mH 以下のときは、伝送誤りを引き起こし、伝送は不可能と考えられます。
◆ 以上から、トランスを使用しても、トランスの選定が適切であれば、問題は無いと考えられます。しかし、バスの場合には、トランスを使用すれば勿論のこと、トランスを使用しないときでも、問題があります。バスでは、多数のドライバ/レシーバを接続します(図.15)。
伝送路上では、同時に複数のドライバが信号を出すと、その信号がバス上で競合します。したがって、3 ステートドライバを使用するなどの、対策が必要です。
◆ レシーバにも問題があります。さきに、レシーバの入力インピーダンスは十分に大きいと述べました。しかし、多数ある場合は、伝送路全体としては、インピーダンスは並列合成として効いてきます。すなわち、1 個のレシーバの入力インピーダンスを Ri とすれば、N 個接続されていれば、Ri/N になってしまいます。
これが、ドライバの負荷となりますから、電圧降下によって、伝送路の信号電圧が低くなります。
◆ これを、正確にシミュレートするためには、多数の伝送路を直列接続して、その途中に負荷を入れなければなりません。しかし、この講座で使用しているモデルでは、途中に入れた負荷は無視されてしまい、うまく動作しません。
伝送路の両端に、負荷の並列合成である、Ri/N を挿入します。このモデルで、実用上十分に近似されることは、シミュレーションおよび実際の伝送路による実験でも、確認しています。
シミュレーションの結果を、図.15 に示します。
◆ レシーバは、機種によっては、入力インピーダンスが非常に大きいものもありますが、RS232C、RS485 等はそれほど大きくありません。多数接続する場合には、注意する必要があります。なお、多数接続できるように、規格値よりも入力インピーダンスを大幅に高くした製品もあります。
◆ トランス負荷についても、同様です。抵抗負荷の場合には、波形はあまり変わりませんが、インダクタンス負荷の場合には、波形が大きく変わります。波形変化の状況は、図.14 と同じです。
多数接続する場合には、1 次インダクタンスが大きな製品を選ぶ必要があります。同等の ET 積を持つ製品であっても、1 次インダクタンスの値は、製品によってかなり違いがあります。