◆ ディジタル回路は、信号レベルが、ほぼ定まっています。これに対してアナログ回路は、信号レベルが、まちまちです(1.(6-B))。信号の周波数帯域も、大きく異なります。アナログだということで、一括して取り扱うことはできません。
アナログ回路については、この章で基礎的なことを解説し、第 16、17、18 章で各論を述べます。
◆ アナログ回路は、抵抗やコンデンサなどのパッシブ素子 (受動素子 )だけで構成されるパッシブ回路 (受動回路 )と、増幅器などのアクティブ素子 (能動素子 )を含むアクティブ回路 (能動回路 )とに分けられます(図.1)。
◆ また、アナログ回路には、誤差の問題があります。誤差とノイズとの区別を付けることは困難です(1.(6-B)参照)。したがって、ノイズの問題と誤差の問題とを、切り離して考えることはできません。
◆ アナログ回路に固有のノイズは、部品が出すノイズです(図.2)。部品が出すノイズは、小さいものが多いので、信号レベルが高いときは、S/N が大きく、問題は起こしません。しかし、微小レベルの信号や、高精度回路で、問題になります。
ディジタル回路も、結局はアナログ回路です。この意味では、ディジタル回路でも、これらのノイズは、発生しています。しかし、ディジタル回路では、これらのノイズは、無視できます。また、アナログ回路であっても、信号レベルが高ければ無視することができます。
◆ サーマルノイズ (熱雑音 )は、抵抗を電流が流れるとき発生するノイズです。全ての部品は抵抗を持っていますから、必ず発生するノイズです(超伝導を除く)。逆にいえば、他の全てのノイズを削減した後に残る、無くすことができない、ノイズです。実効ノイズ電圧を en とすれば、サーマルノイズは、
ただし、K:ボルツマン定数(1.38×10-23 ジュール/°k)、T:絶対温度(°K)、B:帯域幅(Hz)、R:抵抗(Ω)です(図.3)。
◆ サーマルノイズを減らすには、抵抗値を低くとること、および信号の帯域幅を狭くすることが有効です。上式から、ノイズは、抵抗値および信号の帯域幅の、平方根に比例します。
信号の帯域幅を狭くするには、バンドパスフィルタによって、不要な帯域をカットします。バンドパスフィルタは、ローパスフィルタ/ハイパスフィルタの両方の特性を持ち、中間の周波数だけを通過させるフィルタです。
◆ ショットノイズ は、一定の電圧しきい値を有する、部品において、そのしきい値を超えて電流が流れ出すときに、電流の形で、発生するノイズです。ノイズ電流を Is とすれば、ショットノイズは、
ただし、q:電子の電荷(1.6×10-19クーロン)、Idc:回路を流れる平均電流(A)、B:帯域幅(Hz)です。ここで帯域幅を 1 Hz とすれば、
となります。
◆ ショットノイズの 1 例として、FET のゲート漏れ電流によるノイズを、図.4 に示します。
◆ コンタクトノイズ (接触雑音 、フリッカノイズ 、1/f ノイズ )は、材料の不完全な接触によって発生する、ノイズです。ノイズ電流を If、帯域幅を 1Hz とすれば、コンタクトノイズは、
ノイズ電力密度が周波数 f の逆数に比例すします。
たとえば自然に吹く風は、周波数の逆数に比例してランダムに変動します。これが自然の風が心地よい原因と言われ、1/f ゆらぎと呼ばれています。ただし、このノイズが心地よいということではありません。
ポップコーンノイズ は、パルス状のノイズです。オーディオで、ポップコーンがはじける音のように聞こえるノイズです。エミッタ接合に存在する、格子欠陥によるものと、考えられます。
◆ 以上を総合すると、ポップコーンノイズを除いては、ノイズは、信号の帯域幅を B として、√B に比例します。
電流性のノイズも、抵抗を流れることによって、電圧に変換されます。総合のノイズ eN は、電圧性ノイズを eni、電流性ノイズを inj、その負荷抵抗を Rj とすれば、
となります。
◆ 以上のノイズとは別に、熱起電力 によるノイズがあります。熱起電力は、異種金属の接合部分に、温度によって発生する起電力です。金属 A と金属 B の接合部の温度を t とすれば、EAB(t) の起電力を発生します。起電力の大きさは、金属の種類によって異なりますが、温度に比例的で、温度が高いほど大きくなります。
熱起電力が、誤差要因となるのは、図.5のようなケースです。
◆ 図において、プリントパターンと抵抗のリードが異種金属であるとします。図のように他の発熱部品によって温度が上昇して、接合部の温度が上がります。
もし両側の接合部の温度が等しければ、熱起電力は発生しますが、値が等しいのでキャンセルされます。しかし、温度差があると、その温度差に対応する電圧が残ります。
◆ アクティブ回路の基本は、オペアンプです。まず、オペアンプの誤差について、簡単に説明します。
オペアンプは、理想化された特性を有するように作られた IC です。単純なパッシブ素子である、抵抗やコンデンサは、素子自体が、できるだけ理想特性を持つように、材質や加工法を工夫して、作られます。これに対してオペアンプは、複雑な回路を構成しており、回路技術によって理想特性を持つように設計されています。
◆ 最も単純な増幅回路は、トランジスタ 1 個と若干の抵抗/コンデンサで作られます。この増幅器の特性は、理想的な増幅器からは大きく隔たっており、多種多様な誤差を含んでいます。
理想的な特性をもつ増幅器は、トランジスタを改良する方法では得られません。増幅器の特性を理想化するためには、複雑な補償回路を必要とします。
しかし、完全に理想的なものを作ることはできませんから、やはり、各種の誤差を含んでいます。これをオペアンプの現実特性といいます(図.6)。
(a) 入力範囲と出力範囲の限定 |
(b) オフセット電圧 |
(c) 有限な入力インピーダンス |
(d) バイアス電流とオフセット電流 |
(e) 有限なゲイン |
(f) ゲインと位相の周波数特性 |
(g) スルーレート |
(h) 電源電圧リジェクション |
(i) コモンモードリジェクション |
(j) 各特性の温度係数 |
◆ 増幅器の理想特性は、線形 です。線形とは、まっすぐな特性を持つということだけでなく、変化範囲が±無限大であることを意味します。しかし、現実には、入力/出力共に、電源電圧等によって決まる範囲内でしか変化できません。
◆ オペアンプの入力電圧を ea、eb、ゲイン (増幅率)を G とすれば、出力電圧 eo は、
です。しかし現実には、
であり、誤差電圧 eof が存在します。この誤差電圧をオフセット電圧 といいます。
◆ 理想オペアンプの入力インピーダンスは、無限大です。しかし、現実には有限の値を持っています。この入力インピーダンスは、等価的に、高抵抗と、小さなキャパシタンスとからなります。ただし、直流的動作を考えるときは抵抗のみ、周波数特性を考えるときはキャパシタンスのみを、考えれば十分です。
◆ 単に入力インピーダンスが有限であるだけでなく、入力は、そのオペアンプの回路構成によって決まる、ほぼ一定の電流が流れ込む、または流れ出す性質を持っています。 この電流をバイアス電流 といいます(図.7)。このバイアス電流は、原理的には、オペアンプの 2 つの入力で等しいはずですが、実際には相違があります。この差をオフセット電流 と呼びます。
◆ オペアンプのゲインは、理想的には無限大ですが、実際には有限です。
◆ ゲインは、単に有限であるだけでなく、周波数特性を持っています。オペアンプにおいては、周波数特性は、振幅だけでなく、位相を考える必要があります。 位相 (フェイズ )とは、図.8 に示すような、時間的なずれのことです。
◆ 元の正弦波 x(t)=E sin(ωt) に対して、z(t)=E sin(ωt+θ) は位相が θ 進んでいる、y(t)=E sin(ωt-θ) は位相が θ 遅れている、といいます。位相の遅れを角度 θ でなく、時間で表すと、図の τ になります。
オペアンプの、周波数特性の例を、図.9 に示します。
◆ なお周波数特性、位相、応答などについての詳細は、この web 講座の別の講座「パソコン・シミュレーションで体得する 自動制御の基礎と実際」の(3.1.)を参照してください。
◆ 出力の振幅が大きいときは、単に振幅に周波数特性があるだけでなく、出力の変化速度が制限されてしまいます。この制限速度をスルーレート と呼んでいます。スルーレートの制約大きく受けると、正弦波形の入力は、三角波に変化してしまいます(図.10)。
◆ オペアンプは、理想的には、電源電圧の許容範囲の変動に対しては、影響されないはずです。しかし、現実には電源電電圧の変動によって出力電圧が変化してしまいます。この程度が、電源電圧リジェクション です。
◆ オペアンプの2つの入力は、理想的には平衡です。すなわち、入力の差だけで出力が決まり、コモンモード電圧(入力の絶対値)には影響されません。しかし実際には、コモンモード電圧によって出力電圧が変化します。その程度が、コモンモードリジェクション です。
◆ オペアンプの各種の特性は、本来は温度に影響されないはずです。現実には、各特性は、温度特性を持っており、温度によって、特性値が変動します。
◆ ディジタル IC で問題になる現実特性は、ほとんど動作速度(入出力間のディレイ)だけです。ディジタル IC は、動作速度によって、いくつかの機種(ファミリ)に分かれています。したがって、ディジタル IC の選定は、ファミリの選定に帰着されます。
アナログ回路は、信号レベルや周波数帯域が、まちまちで、しかも要求される精度もいろいろです。それぞれの特性値に対する要求も多様です。これらの中には、互いに相反するものもあり、同時に多くの特性値を満たすことができません。このため、それぞれの目的/用途に適した特性を持つ、多くの機種が開発されてきました。
◆ オペアンプでは、多数の機種の中から、個々の要求にマッチする機種を選び出すことが、重要な作業になります。
誤差要因を補償する回路を外付けすることによっても、ある程度の対応が可能です。以前は、得られるオペアンプの機種が少なかったので、外付回路が重要でした。最近では、機種の選定で対応できるケースが増えています。
オペアンプは、機種による価格差が大きいことも特徴です。ディジタル IC 並のものもあり、高性能なものは、高価です。ただし、最近は、高性能なものも、かなり、安くなっています。
◆ オペアンプ単体の誤差のほかに、オペアンプ周りの回路にも、各種の誤差があります。まず、オペアンプ周辺回路の誤差について解説します。
オペアンプ回路だけでなく、アナログ回路全般について言えることですが、信号源インピーダンスが誤差に影響します(図.11)。
◆ 信号源は、出力インピーダンスを持っています。これを信号源インピーダンス といいます。同様に負荷は入力インピーダンスを持ち、負荷インピーダンス と呼びます。このため、信号源電圧は、そのまま負荷に入力されるのではなく、信号源インピーダンスと、負荷インピーダンスとによる、分圧(図の式(1))として、入力されます。
この誤差を小さくするには、信号源インピーダンスを小さくするか、または、負荷インピーダンスを大きくします。信号源インピーダンスを小さくすることができるなら、それが望ましいのですが、不可能な場合があります。このときは、負荷インピーダンスを大きくします。
基本的なオペアンプ回路には、反転増幅器と非反転増幅器とがあります。反転増幅器では、負荷インピーダンスは、反転増幅器の入力抵抗 R1 となります。非反転増幅器では、オペアンプの入力インピーダンスがそのまま負荷になります。
オペアンプの入力インピーダンスは、理想的には無限大で、現実にも非常に大きな値です。信号源インピーダンスによる誤差の点では、非反転増幅器の方が優れています。
◆ オペアンプが理想オペアンプであれば、オペアンプ回路の特性は外付けのインピーダンス素子で決まります。したがって外付けインピーダンス素子(抵抗、コンデンサなど)の誤差が、そのままオペアンプ回路の誤差になります。
これらを総合すると、オペアンプ回路の総合誤差は、図.12のようになります。
◆ オペアンプ内部は複雑なアナログ回路ですから、素子内部で発生するノイズは、各所で発生します。オペアンプの総合ノイズは、全てのノイズが入力側で発生したものとして、等価換算したものです(図.13)。
◆ en はオペアンプの入力換算電圧ノイズ、in はオペアンプの入力換算電流ノイズです。また、es は信号源ノイズ、Rs は信号源インピーダンスです。このときの電圧換算の等価入力側ノイズ eN は、信号源ノイズも含めて、
となり、出力側のノイズは、これにアンプのゲイン G を掛けた、eN・G となります。
オペアンプ入力換算の電流のイズは、オペアンプから流れ出すノイズなので、その負荷インピーダンスは Rs です。信号源インピーダンス Rs は、抵抗であるとして、それが発生するノイズも加算しています。
◆ アナログシステムは、一般に増幅を伴うことが多く、増幅には、オペアンプが多く使用されます。増幅システムは、直流増幅 と、交流増幅 とに大別されます。絶対値が必要な用途には直流増幅が、変化分だけを考えればよい場合には交流増幅が使用されます。
交流増幅では、コンデンサを挿入することによって直流成分をカットして、交流成分だけを増幅します(図.14)。オペアンプの誤差は、オフセット電圧など、直流的なものが多く、交流増幅器では、これらの誤差はキャンセルされます。誤差の点では、交流増幅器は直流増幅器よりも楽です。なお、非反転交流増幅器の、抵抗 Rc は、バイアス電流を逃がす道です。
◆ システムとして、ノイズに強くするためには、S/N を高くすることが重要です。S/N を高くするには、
信号のレベルを高くして、S を大きくする
配線のインピーダンスを低くして、N を小さくする
ことがポイントです。ここで、配線とは、ドライバ/レシーバを含む、配線系のことです。そして、やむを得ずノイズに強くできない所は、できるだけ短くすることです。
元の信号源が微弱な場合には、信号レベルを高くするために、増幅します。増幅は、できるだけ早い段階で信号を増幅して S を高くします。引き回しや処理は、増幅後に行うようにします(図.15)。
◆ 信号源のレベルが十分にある場合でも、信号源のインピーダンスが高いときは、十分な耐ノイズ性が得られないことがあります(1.(3-E-b))。このようなときは、バッファの利用が有効です。バッファ は、増幅率が 1 の増幅器です(図.16)。
◆ バッファは、増幅器としての入力インピーダンスが、オペアンプの入力インピーダンスそのものであるため、その入力インピーダンスが、非常に高いのです。したがって、信号源インピーダンス高くても、誤差少なく受け取ることができます。信号源インピーダンスが非常に高い場合であっても、それに見合う高入力インピーダンスのオペアンプ製品があります。オペアンプの出力インピーダンスは、通常の用途には、十分に低い値です。
信号源がセンサなどの場合には、信号レベルに比べて、非常に大きなコモンモード電圧を持っているものがあります。
このような場合には、平衡レシーバで受けて、コモンモードを除去する必要があります(4.(5))。信号レベルが非常に低いもの、信号源インピーダンスが高いものには、計装用増幅器が有効です。