◆ 伝送ケーブルには損失、したがって信号の減衰があります。しかも、この損失には、周波数特性があります。減衰量が大きいときは、信号波形が歪みます。信号波形の歪みが大きいと、伝送誤りの原因になります。
◆ 波形歪みが大きくなることが予想される長距離伝送では、伝送路の信号波形を予め定量的に把握することによって、適切なケーブルを選定することが、望まれます。
しかし、実際にケーブルを使って実験するのは大変です。パソコンのシミュレーション によって、伝送波形を求めることができれば便利です。
◆ この章は、伝送系のシミュレションについて、解説します。シミュレーションは、その結果の波形を見るだけなら、特別な技術は要りません。一般のオッシロの波形を読むのと変わりありません。
シミュレーションそのもには興味の無い読者は、この 4.2 は読み飛ばしてください。
◆ 筆者は、別の講座「自動制御」において、パソコンによる制御系のシミュレーションを、紹介しています。自動制御の講座では、読者が自らシミュレーションを行って、講座の内容をより深く理解できるようになっています。さらには、読者が、シミュレーションによる制御系の解析や設計を行うことができるように、解説しています。
[注] ただし、シミュレーションソフトが古いので、現在では、シミュレーションソフトを、入手することは、できません。したがって、現状では、現在利用できるシミュレーションソフト用に、モディファイする必要があります。
◆ この講座でも、すでに、シミュレーション波形を示しています(3.1.(4-C) 図.16 等)。また、[コラム 3.2] で、シミュレーションについても簡単に紹介しています。
シミュレーションは、その結果をみるだけであれば、とくに技術は要りません。しかし、自分でシミュレーションを行うとなると、それなりの知識が必要です。
◆ また、自分でシミュレーションを行うといっても、この講座で提供されているプログラムを実行する場合と、読者が自分でプログラムを組むのとでは、レベルが異なります。この 4.2.は、読者が自分でシミュレションプログラムを組むことも、視野に入れて解説しています。
◆ 使用するシミュレータは、アナログ回路をシミュレートする、アナログ回路シミュレータ で、具体的製品として、PSPICE RELEASE 8(評価版)を使用します(自動制御講座 まえがき 6.)。
アナログ回路シミュレータは、色々ありますが、SPICE 系のシミュレータが多く使われています。同じ系統であれば、おおよその互換性がありますから、手持ちのものがあれば、それを使用するのが良いでしょう。
◆ ただし、SPICE 系の製品であっても、メーカーが異なれば、完全な互換性はありません。同一メーカーの製品であっても、バージョンによる違いが存在します。したがって、PSPICE RELEASE 8 以外のものを使用する場合には、講座に示されているプログラムを、それぞれのものに合わせて、異なっている部分を、モディファイしなければなりません。
[注1]
PSPICE RELEASE 8 は、PSICE のバージョンアップ製品とは、別メーカー並みの相違があります。
[注2] SPICE シミュレータの製品は、最近では、設計システムの中に組み込まれたものが多くなっています(現在の PSPICE もそうです)。このため、設計システムを購入することになり、個人として購入するには、非常に高価です。
SPICE 単体は、回路シミュレーションに関する図書の付属 CDROM として入手する方法もあります。これらの図書の価格は、通常の図書並です。ただし、これらについては、付属している回路シミュレータの内容を調べていませんから、内容は分かりません。
◆ SPICE の概要は自動制御講座 2.1.1.に、PSPICE のシミュレーション手順は自動制御講座 2.1.3. に解説してあります。また、その要点を、PSPICE インデックス にまとめてあります。
シミュレーションのプログラム(*.cir ファイル、以下回路ファイル と呼びます)は、部品(デバイス )を導線で接続して構成します。回路ファイルの具体的な内容については、自動制御講座 2.1.4.を参照してください。
◆ シミュレションの手順を図.10 に示します。
◆ 図の .cir ファイルが、回路ファイルです。シミュレーションは、*.cir ファイルを PSPICEAD で実行することです。具体的な操作手順は、自動制御 2.1.4.(2) を参照してください。
PSPICEAD の実行結果の波形は、PCPISE では、独自の PROBE で見ることができます。PROBE は、PSICEAD の中から実行することができます。
なお、既に PSICEAD を実行しそのデータ(.dat ファイル)が保存されていれば、直接PROBE を起動して波形を表示することもできます(自動制御 2.1.4.(3)の[注3])。
◆ コンピュータのプログラムにサブルーチンがあるように、PSPICE にもサブサーキット があります。そして、よく使うサブサーキットを集めたものがライブラリ です。この講座で使用するライブラリファイル を用意しました。これをダウンロードしてください。ダウンロードの方法やライブラリファイルの置き場所等は、同2.1.3.(3)を参照してください。
◆ ダウンロードの実行は、ここの dtran.lib をダブルクリックして下さい。自動制御用のライブラリファイルは、圧縮してありますから、解凍する必要がありましましたが、この dtran.lib は圧縮してありませんから、解凍は不要です。
[注]
現在では、シミュレーションソフトを入手することが、できません。したがって、ダウンロードできますが、実際に使用することは、できません。
ただし、読者が自分で、シミュレーションプログラムを作るときの、参考として、大いに役立ちます
◆ 伝送ケーブルは、抵抗、キャパシタンス、インダクタンスの成分を持っています。そして図.11 のように、等価的に表すことができます。
◆ 伝送路は、図に示すように、多数のブロックを、直列に接続した形で表すことができます。その各ブロックは、図の(a)のように、等価 直列インピーダンス Zs と、等価並列インピーダンス Zp で表されます。図(a)は、さらに図(b)のように、近似することができます。
理論的には、このブロックサイズを無限小とした、偏微分方程式で、伝送路が表わされます。これを解くと、波動方程式 が得られ、伝送路が波動の性質を持っていることが示されます。ただし、ここではそのような難しいことには触れません。
◆ 使用するシミュレータは、アナログ回路シミュレータの PSPICE です。この PSPICE には、伝送路をシミュレートする DEVICE として、
TRANSMISSION LINE
があります。この TRANSMISSION LINE には、2 つのモデルがあります。損失無しと、損失を含むものとです。
◆ 損失無しのモデルは、伝送路の周波数特性は入っていません。時間遅れ(むだ時間)モデルです。ただし、単純なむだ時間ではなく、反射を含んだモデルです。データ伝送では、反射は極めて重要なテーマですから、シミュレーションでも頻繁に利用します。3.1.図.16、17 は、TRANSMISSION LINE によるシミュレーション波形です。
◆ デバイスの書式は、
T<名称><Aポート+ノード><Aポート-ノード><Bポート+ノード><Bポート-ノード>Z0=<値> [TD=<値>] [F=<値> [NL=<値>] ]
です。ここで、
◆ (a) < > は必須、[ ] は省略可能であることを示します。
(b) 最初の T は TRANSMISSION LINE のデバイス名です。デバイスはこの例のように、1 字で表します。回路ファイルの中では、同じ名称のデバイスを複数用いますから、デバイス名には、個々のデバイスを識別する記号をつけます。記号は、数字を使用して、たとえば、T11、T12 のように表わします。ただし、識別記号は数字である必要は無く、TAB のように、文字を使用してもよく、数字と文字とを混用しても差し支えありません。
◆ (c) ノード は、デバイス間の接続(配線)を示します。すなわち、個々の配線にノード番号を付けます。そして、同じノード番号のものが、互いに接続されていることを示します。一般のデバイス、たとえば抵抗は、2 端子ですからノードは 2 つ指定します。TRANSMISSION LINE は、入出力ともにプラスとマイナスとを持つ、4 端子デバイスです。4 つのノードを指定します。
◆ デバイスには、抵抗やコンデンサ(これらは 2 端子デバイスです)等の、方向性が無く、信号が双方向に伝わるものと、増幅器のように、方向性があるものとがあります。TRANSMISSION LINE の信号は、双方向に伝わります。
なお、グラウンのノード番号は、PSPICE 上では、常にゼロ(0)です。シミュレーションは、このノード0 の電圧を基準として計算されます。
◆ (d) TRANSMISSION LINE では、ノードを指定した後に、そのデバイスで使用する定数を指定します。記号は、下図の通りで、
◆ Z0 : 伝送路の特性インピーダンス、TD : 伝送路のむだ時間、F : 信号の周波数、NL : 何波長分か、です。
TRANSMISSION LINE では、特性インピーダンス Z0 は、必須です。伝送路のむだ時間 TD および 周波数等 F/NL は、省略可能となっていますが、どちらか、すなわち、TD を使用するか、F と NL との組みあわせを使用するということです。両方とも省略することはできません。この講座では、TD を使用します。
◆ 損失を含むモデルの書式は、
T<名称><Aポート+ノード><Aポート-ノード><Bポート+ノード><Bポート-ノード>LEN=<値>R=<値>L=<値>G=<値>C=<値>
です。LEN は、ケーブルの電気的長さです。電気的長さとは、物理的なケーブル長さに、ケーブルの短縮率を掛けた値です。ケーブル内の信号速度Vcは、真空中の電波の速度Vvよりも遅くなります(3.1.(1-A-b))。この比 Vc/Vv のことをケーブルの短縮率 と言います。その他は下図の通りです。
◆ 上の図は、図.11 に示した、各ブロックですが、図.11 には無かった G が加わっています。G は非常に大きいので、通常は無視できます。図.11 は G を無視したものです。各々の単位は、単位長さ当たりの値です。
◆ 伝送路は、損失があり、その損失は、周波数特性を持っています。伝送路のシミュレーションには、上記の損失を含む TRANSMISSION LINE が利用できそうです。シミュレーションの結果を図.12 に示します。
[図.12] 損失のあるTRANSMISSION LINE によるシミュレーション波形
◆ 上が AC 解析、下の図がトランジェント解析です。
AC 解析の結果は、ボード線図の形で表わしてあります。VDB(2) はモデルへの入力、VDB(3)はモデルからの出力のゲインを、デシベル表示したものです。VP(2)、VP(3) は、位相です。どちらも差になっていますが、VDB の方は対数表示ですから、入出力間の比を意味します。VP の方は、文字どうり位相差です。
◆ 緑は損失なしモデルですから、ゲインは周波数に関係なく常に 0dB です。TRANSMISSION LINE は一定の時間遅れですから、位相に換算すると周波数に比例します。しかし周波数は対数メモリですから、図のような曲線になります。
赤は損失あり(短縮率 0.6)、青は損失あり(短縮率 1)です。黄は、実際の特性(ただし、時間遅れなし)をよく表わしているシミュレーションモデル(後述)です。
◆ トランジェント解析の波形(下の図)では、(V(1)が入力パルス、V(2)は出力の波形です。入力波形は、4 つのケースとも同一波形です。出力波形は、藤:損失なしモデル、水:損失あり(短縮率 0.6)、茶:損失あり(短縮率 1)、薄茶:実際の特性(ただし、時間遅れなし)です。
[注1]
この図では、複数の波形が入っています。これ自体については、こちらを見てください。その他各種の使い方は、PSPICEインデックスを参照して下さい。
[注2]
このトランジェント解析の入力は同じ値です。したがって、波形が完全に重なっています。線が重なったときは、どれか 1 つの色が表示されます。この図のように、□や◇等を表示させると、分かりやすいです。なお、この図は、講座に掲載するために小さくしてあります。このため、□や◇等の数が少ないですが、図を大きく表示すれば、□や◇等の数が増え、さらに見やすくなります。
◆ 損失ありは、いずれにしても実際の特性を表していません。これは、シミュレータが、減衰が小さく周波数特性を無視できる範囲のモデルになっていて、ここで試したような減衰が大きく周波数特性が激しいものは、シミュレーションの範囲外であるためと考えられます。
[注] 回路シミュレータは、もともと LSI の内部回路を対象に開発されたものです。その後、対象範囲をプリント基板に広げています。長距離伝送は、対象にしていません。
◆ 以上から、PSPICE のデバイスをそのまま使用したのでは、伝送路を表わすことができません。伝送路のモデルを作る必要があります。図.11(b) の回路を、そのまま回路ファイルにして、シミュレーションを行いました(図.13 )。
◆ AC 解析の結果です。VDB(in)、VDB(ot) は、モデルへの入力と出力のゲイン、VP(in)、VP(ot) は位相です。
モデルは(緑:長さ 100m、赤:長さ 300m、青:長さ 1000m) 、実際の特性(ただし、時間遅れなし)は( 黄:長さ 100m、藤:長さ 300m、水:長さ 1000m)です。
◆ 図から分かるように、このモデルは、定性的には、実際の特性が良く現れています。しかし、とくに長さが短い場合に、実際とは大きく異なってます。
その理由として考えられることの一つに、実際には存在し、モデルでは無視した損失要因があることです。ただし、この理由では、短距離の大きな違いは説明がつきません。シミュレーションの条件などの要因があるものと思われます。
◆ いずれにしても、この状態では、実用することはできません。
[注] このモデルの特徴は、うまくモディファイして、実際との一致度が高いものを作り上げることができるなら、1 つのモデルで広い範囲をカバーできることです。この点では、次に述べる周波数テーブルを使用するモデルより優れているのですが。