◆ 最近は、ディジタル化の波で、従来アナログ回路で処理されていたものが、ディジタル化される方向にあります。しかし、周囲の現象は、ほとんどがアナログです。
ディジタル処理するためにはアナログ信号をディジタルに変換する、A/D 変換 が必要です。また、ディジタルで処理した結果は、ディジタルのままで利用することが多くなっています。
しかし、アナログに変換してから利用することが必要な場合もあります。その場合には、ディジタルをアナログに変換する D/A 変換が必要です。
◆ ここでは、A/D 変換を取り上げます。A/D 変換は、一般的なノイズ対策のほかに、A/D 変換固有の問題があります。
A/D 変換には、いくつかの方式があります(図.1)。
◆ それぞれ長所/欠点があります。A/D 変換器の基本性能は、精度 のほかに分解能 (変換ビット数)があります。また変換には時間を要し、変換時間 が規定されます。
ノイズの立場からも、それぞれ特徴がありますから、選定にあたっては、それも考慮することが必要です。ここでは、おもにノイズ対策の立場から解説します。
◆ 積分形 には、各種の機種があります。各機種によって、それぞれ特徴がありますが、全般的に眺めると、高精度のものが容易に得られるという特徴があります。反面、変換時間が長いという欠点があります。
とくに電荷平衡形 は、高精度が可能で、精密計測器に使用されています。
積分形の中で、最も基本的な、2 重積分形 について、その原理を図.2 に、タイムチャートを図.3 に示します。タイムチャートは、A/D 変換器の入力電圧が、フルスケール FSR の、1/4、1/2、3/4、およびフルスケールの、4 つの値について、示してあります。
(a) 先ず、積分器(完全積分を行う)の出力電圧をゼロにしてから、変換対象である入力電圧 Vi を積分器で、一定時間 Ti だけ積分します。このとき積分器(積分コンデンサC)には、Vi × Ti に比例した電荷が貯えられます。
(b) 次に、入力電圧とは逆向きの基準電圧 -Vref を積分器に入力して、積分器の出力がゼロになるまで、先に貯えられた電荷を放電します。この放電時間を Tref (図.3 では tref(FSR)) とすれば、放電した電荷は、Vref ×Tref に比例します。
Vi × Ti = Vref ×Tref
ですから、
Vi = (Tref / Ti)× Vref
となります。Ti と Vref は定数ですから、時間 Tref を計ることによって、入力電圧 Vi が求まります。
(c) この時間 Tref は、図.2 に示すようにカウンタを使用することによって、容易にかつ精度良く、ディジタルで計ることができます。すなわち、A/D 変換器となります。
◆ 2 重積分形以外のものも、測定に積分を利用しています。この積分を使用しているということが、ノイズの面からは極めて有効なのです。すなわち積分形は、ノイズに強いという大きな特徴をもっています。
積分器は、ローパスフィルタの特性を持っています。しかも、図.4 に示すような、特徴のある特性です。
◆ 図に示されているように、包絡線が -6dB/オクターブ(6dB は 2 倍、オクターブも 2 倍)の線です。これは、1 次フィルタの特性ですから、このフィルタは、少なくとも 1 次フィルタよりも、優れていることを意味します。
しかも周波数が fc またはその整数倍のところでは、減衰が無限大です。この周波数 fc は、A/D 変換の積分時間 Ti に対して、
fc = 1/Ti
です。もしノイズ周波数が既知であれば、そのノイズ周波数に対して、積分時間を適切に選ぶなら、完璧なフィルタを構成することができます。
実用上、このようなノイズとして、商用電源ノイズがあります。一般論としては、ノイズは高い周波数ほど多くなる傾向があります。しかし、例外として、低い周波数において問題になるのが、商用電源周波数ノイズです。ハムと呼ばれるやつです。
このような、低周波ノイズは、一般に対策が面倒です。しかし、積分形 A/D 変換器にとっては、ちょうど手頃な積分時間であることが多く、バッチリ対策できます。
◆ 使用されている数が圧倒的に多いのは、比較形 、とくに逐次比較形 です(図.5)。
◆ 比較形は、D/A 変換器を利用して、A/D 変換を行います。すなわち、D/A 変換器のディジタル入力値を変化させ、その出力電圧と、アナログ入力電圧とを比較器で比較します。
この電圧が一致したときの、D/A 変換器の入力ディジタル値が、A/D 変換値になります。
逐次比較形では、この比較を一度に行わないで、上位の桁から順に 1 ビットずつ比較、決定を繰り返します。そして全てのビットについて比較を完了したときに(N ビット変換器では、N 回繰り返したとき)、A/D 変換を終了します。
◆ これに対して、並列比較形 では、比較を、一度に並列で行います。逐次比較形は、回路素子の数は少なくて済みますが、並列比較形に比べると、変換時間が長くなります。ただし、積分形に比べれば、非常に高速です。
逐次比較形では、1 ビットずつ逐次比較している途中で、アナログ入力値が変化してしまうと、A/D 変換が正常に行われないために、変換値が大幅に狂ってしまう可能性があります。
この問題を避けるために、アナログ入力の変化速度が速いときには、アナログ入力の前に、サンプルホールド回路 を挿入します(図.6)。
◆ サンプルホールドは、ホールド入力信号 Vh をオンにすることによって、ホールド(保持)を開始します。そしてホールド入力信号 Vh がオンの間、ホールド出力 VH は、ホールド開始時の値を保持しつづけます。ホールド入力信号 Vh がオフになると、ホールド出力 VH は、再び入力信号 Vi に追随します。
入力信号 Vi が変化しても、ホールド入力信号 Vh がオンの間は、ホールド出力 VH は一定値を保持しますから、その間に A/D 変換を行います。
サンプルホールドでは、入力電圧の瞬間的な値をサンプルします。ちょうどサンプルした瞬間にノイズが載っていれば、その値をホールドしてしまいます。
サンプルホールドがない場合にも、A/D 変換の途中に入ったノイズによって、A/D 変換が正常に行われないときは、変換結果が大きく狂う恐れがあります。
いずれにしても、逐次比較形はノイズ、とくにパルス状のノイズに弱いのです。ノイズ対策が重要です(20.(3) 参照)。
◆ デルタ/シグマ形 は、1 ビットの A/D 変換を高速で行って、アナログ信号の変化を追いかけて行く、変換のやりかをします。デルタ/シグマ形の概念を図.7 に、変換の様子を図.8 に示します。
◆ 高いクロック周波数で A/D 変換するという原理から、アナログ入力に存在するノイズは、ほぼ、そのまま、ディジタルに変換されます(サンプリング定理参照)。アナログ入力信号に、予め、アナログフィルタを、挿入することが、有効です。
◆ A/D 変換の対象となるアナログ入力は、多種多様です。データ収集システムでは、多数の入力を取り扱います。A/D 変換を行うためには、先ず、アナログ入力信号を、A/D 変換器に入力できる信号に、整えることが必要です。
具体的な構成と手順は、システムによって異なりますが、A/D 変換器に入力できる信号に、整えるための、基本的な、回路構成を図.9 に示します。
◆ 入力点数が多いときは、マルチプレクサ(切り換えスイッチ)を使用します。マルチプレクサで、入力を切り換えることによって、後続の回路を共用します。
A/D 変換器の入力レベルは、一般にボルトオーダーです。アナログ入力のレベルが異なるときは、レベルを変換します。これらの処理と、ノイズフィルタ、サンプルホールドを含んで、シグナりコンディショナ と呼んでいます。
◆ ノイズ対策上、絶縁を必要とする場合は、アナログ部と、ディジタル部とを絶縁します。
◆ マルチプレクサ の切り換えスイッチには、通常、半導体スイッチを使用します。半導体スイッチが使用できない用途には、機械的スイッチを使用しますが、低速です。
マルチプレクサのスイッチング方式は、コモンモードノイズの大きさによって、図.10 の 3 種類を使い分けます。
(a) は、全てのアナログ入力および A/D 変換器が共通のグラウンドになっています。相互のコモンモードのイズが無視できる場合に適用されます。
(b) は、アナログ入力は全て共通のグラウンドを持ち、アナログ入力相互間のコモンモードノイズを無視できます。しかし、アナログ入力と、A/D 変換器との間には若干のコモンモードのイズが存在する場合に使用できます。
(c) は、各アナログ入力のグラウンドが共通でなく、各アナログ入力間相互、および A/D 変換器との間に若干のコモンモードのイズが存在する場合にも、利用可能です。ただし、マルチプレクサのスイッチ数が 2 倍必要です。
◆ 以上の 3 種類は、大きなコモンモード電圧には耐えません。大きなコモンモード電圧に対応するためには、絶縁が必要です。個々のアナログ入力を互いに絶縁するためには、絶縁形のマルチプレクサを使用します。
アナログ入力が共通のグラウンドでよく、アナログとディジタルとの間だけに、絶縁が必要なときは、図.9 のように、一括絶縁を使用することができます。
◆ サンプルホールド には、図.11 に示す誤差があります。
◆ V1 の誤差は、追従する時間内にホールド用のコンデンサが、十分に充電しきれないときに発生します。V2 の誤差は、ホールド中に、ホールドコンデンサが、放電してしまうことに起因します。
◆ アナログ量は、連続量 です。連続とは、つながっていて切れ目がないことです。これに対してディジタル量は、飛び飛びの非連続量 です(図.12)。
◆ A/D 変換することによって、アナログの連続量は、ディジタルの非連続量に変わります。このとき、単に値だけでなく、時間的にも飛び飛びになります(図.13)。
◆ この、時間的に飛び飛びにすることを、サンプリング といいます。サンプリングによって飛び飛びになった結果、途中の値は失われて、分からなくなってしまいます(図.14)。
◆ このように、情報が失われることは、望ましいことではありません。しかも単に情報が失われるだけでなく、本来、存在しなかったエリアス (ニセ)の情報を、掴まされてしまうのです(図.15)。
◆ このような、ニセ情報を掴まされないためには、充分に細かくサンプリングを行う必要があります。それを、定量的に判定するる基準が、サンプリング定理と呼ばれるものです。
ある曲線は、多数の異なった周波数を持つ、正弦波形の集まりとして、表すことができます(図.16)。
◆ 正弦波は、分かり易いように、振幅を同じにして示してありますが、実際には、任意波形に合わせて、各々の周波数ごとに、振幅が異なります。
サンプリング定理 とは、
「ある周波数の信号を、サンプリングによって失われないようにするためには、元の信号の、少なくとも 2 倍の周波数でサンプリングすればよい。」
というものです。
サンプリング定理に違反すると、単に元の情報が失われるだけでなく、元の信号には無かった「ニセ」の情報を掴まされて、しまいます(図.15)。図.17 は、ちょうどサンプリング定理ギリギリのところを示しています。
◆ 対象が任意波形の場合には、任意波形を形成する、各周波数成分に対して、サンプリング定理が適用されます。
任意波形全体として、サンプリング定理に抵触しないためには、その任意波形の最高周波数の成分に対して、サンプリング定理が、満足されることが必要です。
◆ 以上のサンプリングの問題がありますから、A/D 変換におけるノイズ対策は、これを考えたものでなければなりません。
ノイズは、一般に、欲しい信号よりも高周波です。サンプリングによって、単に高い周波数が失われるだけであれば、問題ありません。むしろノイズフィルタの働きをして、プラスの効果があります。ところが、エリアスで、ニセの情報に化けることによって、低い周波数になり、信号周波数と帯域が重なってしまいます。
ノイズと信号の周波数帯域が異なっていれば、フィルタによってノイズを除去することができます。しかし、低周波に化けて、信号と同じ周波数帯域になってしまったら、手の打ちようがありません。
対策としては、図.18 に示すように、3 つの方法があります。
◆ (a) この方式は、ノイズ周波数が、信号に対してあまり高くない、範囲にあれば、実用性があります。しかし一般には、ノイズはかなり高い周波数まで存在します。実際に使用できることは、あまり、ありません。
(b) 最も一般性があるのは、この方式でしょう。通常、信号とノイズの周波数帯域は、離れている場合が多く、フィルタも、簡単なもので十分です。
だだし、信号とノイズの周波数が接近し、または、連続している場合もあります。この典型的な例が、オーディオです。人間の耳には、超音波は聞こえませんから、超音波の周波数はノイズです。しかし、実際に楽器から出る音波は、可聴周波数から超音波まで連続しています。
ディジタル録音したり、ディジタル伝送したりする場合には、余分な超音波帯域をカットして、可聴周波数だけを取り出すことが、効率的です。このためには、できるだけシャープな特性のフィルタが必要です。この目的に対応する、特性の優れたフィルタを、とくに、アンチエリアス・フィルタ と呼んでいます。
(c) ディジタルフィルタを併用する方式です。高性能のアナログフィルタは、難しく、したがって高価です。これに対して、ディジタルフィルタは、高性能のものを、安価に、かつ容易に作ることが、できます。
ディジタルフィルタ は、ソフトウェアのフィルタです。一般論としても、従来、アナログのハードウェアで作られていたものは、最近、ソフトウェア化、すなわちディジタル化が進んでいます。ソフトウェア化によって、アナログよりも、高性能のものを、安価、容易に作ることができます。