データ伝送web講座

12. 無線伝送

line

12.1. 概   要

◆ 無線伝送 (ワイヤレス伝送 )は、広義には、線を引かない伝送を総称した言葉です。すなわち光空間伝送などを含みます。しかし、一般には、無線、とくにワイヤレスは、電波を使用したものだけを言います。ここでは、電波を利用した伝送について解説します。なお、以降、ワイヤレスの言葉を使用します。
ワイヤレス伝送は、いろいろな立場から分類できますが、大別すると、たとえば図.1 のように分類されます。なお、ワイヤレスという言葉は、近距離の伝送だけを指すことも多いのですが、ここでは、距離に関係無く、すべてをワイヤレスと呼びます。すなわち、無線と同義です。

[図.1] ワイヤレス伝送の分類

ワイヤレス伝送の分類

◆ ワイヤレス伝送は、空間という公共の場所を、不特定多数で、使用します。しかし、周波数が等しいと、互いに電波が届く範囲では、混信します。同じ空間で、複数の伝送を行うためには、周波数多重化して、互いに別の周波数を使用する必要があります。
この理由から、電波の利用は、電波法 によって、規制されています。しかし、最近では、新しい方式のものが次々に現れています。従来のガンジガラメの規制からは、緩和の方向に向かっています。
図.2に、免許なしに使用できる電波を示します。この他に、携帯電話(含む PHS)があります(12.2.)。図で、ISM 機器 は、産業科学医療用機器です。一般家庭で使われる電子レンジも、ISM 機器です。なお、図に示した以外に、ワイヤレス LAN 等で使用される、5.2GHz 帯があります。

[図.2] 主な免許不要の電波

免許不要の電波 微弱無線局の空中線電力

◆ 電波伝播 の状況は、電波の波長によって大きく異なります。電波は、波長が長いと、回折による回り込みが発生し、波長が短いほど、直進性が強くなります。回折 とは、電波の波動としての性質から、電波が曲がって進む現象です。
この電波の伝播に深く関係しているのが、電離層です。電離層 とは、上空の大気が太陽光の影響を受けて、電離(イオン化)している層のことです。イオン化 とは、中性の原子や分子が、放射線のエネルギーによって電子を失い、または得て、正または負に帯電することです。
このため、電離層は、電気の導体です。電気の導体は、電波を反射します。また大地も電気の導体ですから、電波を反射します(図.3)。この結果として、特定の電波は、電離層と大地との間を、反射を繰り返して進み、地球の裏側まで到達します。

[図.3] 電離層と電波の反射

電離層と電波の反射

◆ 電離層は、太陽光によって発生するので、昼と夜とで、状況が異なります。
長波(LF)は、回折によって、地表に沿って進みます。
中波(MF)は、昼は電離層の D 層(図の D)と呼ばれる層を通過するとき、D 層によって吸収されます。夜は、D 層が無いので、電離層の E 層(図の E)、F 層(図の F)で反射されます。中波の放送(一般ラジオ放送)が、昼よりも夜の方が遠くまで届くのは、この理由によります。
短波(HF)は、D 層を通過し、E 層、F 層で反射されます。このため、大地との間で反射を繰り返し、地球の裏側まで届きます。昼と夜とで、電離層の状態が異なりますから、伝わり方は、異なります。
電離は、自然現象ですから、必ずしも安定ではありません。この不安定現象を、フェージング といいます。
超短波(VHF)極超短波(UHF)は、電離層による反射がありません。したがって、互いに見通せることが必要です。ただし、回折や反射などによる回り込みは、あります。
◆ ワイヤレス伝送で、もっとも普及しているのが、携帯電話です。携帯電話(含む PHS)は、もともと電話ですが、ディジタル化されていますから、データ伝送に利用できます。最近の携帯電話は、電話というよりも、ワイヤレスの総合端末といった感があります。
データ伝送の立場から、もう一つの代表が、近距離用の、ワイヤレス LAN と BLUETOOTH です。
ここでは、携帯電話/PHSと、ワイヤレス LAN / BLUETOOTH に絞って、解説します。

12.2. 携帯電話と PHS

12.2.(1) 携帯電話

◆ 広義の携帯電話には、PHS を含みます(図.4)。通常は、携帯電話 と言えば、PHS を含んでいません。現在では、携帯電話の方が圧倒的に多いのですが、PHS も、それに適した用途があります。

[図.4] 携帯電話と PHS

携帯電話と PHS

◆ 携帯電話は、セルラ電話 とも呼ばれています。多数の基地局をセル (細胞)状に配置していることから名付けられたものです(図.5)。図の無線ゾーン(小さな 6 角形)が、1 つのセルです。図の、サービス提供地域が、さらに並んで、ほぼ日本全国をカバーしています。

[図.5] セルの配置

セルの配置

◆ 自動車で走行中であっても、通話可能であり、通話中にゾーン間を移動しても、通話を継続することができます。図の斜め左下にある自動車は、サービス提供地域を外れたために、通話不可能であることを示しています。しかし、サービス提供地域は、ほぼ全国をカバーしていますから、実際には、このようなことは、ほとんどありません。
市街地では、電波が、ビルなどに当たって反射するために、図.6 のように多重に電波を受けます。

[図.6] 電波伝播の経路

電波伝播の経路

◆ このため、干渉によって、場所による電波の強弱が生じます(図.7)。図で、λ は、電波の波長です。このような場所を、自動車などで高速に移動すると、フェージングが発生します。

[図.7] 移動に伴う受信入力レベルの変動

移動に伴う受信入力レベルの変動

◆ 携帯電話は、当初、アナログ式でしたが、電波の有効利用を図るために、全面的にディジタル化されました。アナログ方式を、第 1 世代、現在主流のディジタル方式(TDMA 後述)を、第 2 世代とすると、第 3 世代の方式が、IMT2000 と呼ばれる方式です(図.8)。現在の携帯電話の方式は複数あり、互換性がありません。IMT2000 は、世界共通の方式です。現在は、第 3 世代への移行期です。

[図.8] 携帯電話の世代

携帯電話の世代

◆ 携帯電話では、電波の有効利用を図るため、データ圧縮を採用しています。音声は、3.4kHz の帯域が必要です。それを、そのままディジタル化すると 64kビット/秒になります(サンプリング定理参照)。これを、データ圧縮して、5.6kビット/秒にしています。携帯電話の音質が、一般電話よりも悪いのは、このように、高い圧縮率を使用しているからです。
◆ また、さらに、TDMA (時分割多重多元接続 )という方式を使用して、1 チャンネルを 3 人で共用しています(図.9)。変調方式は、QPSK を基本とした方式です。QPSK は、90°づつ異なる 4 つの位相を使用して、1 変調期間に 2ビットのデータを送る方式です(6.3.(2-A)参照)。有線のモデムでは、これにさらに、振幅変調を組み合わせた QAM を使用していますが、ワイヤレスは、有線に比べると、信号の安定性が低いので、振幅変調は適しません。

[図.9] TDMA 方式

TDMA 方式

◆ ディジタルデータの伝送は、方式によって異なりますが、最大でも 64kビット/秒です。これに対して、IMT2000 では、高速移動時 144k/秒、移動時 384k/秒、静止時 2Mビット/秒と、高速です。
電波は、当初 800MHz 帯が使用されましたが、需要の増加によって、周波数帯域が不足し、1.5GHz 帯が使用されています。低い周波数帯域は、すでに満杯であるため、新しい需要には、より高い周波数帯が使われます。IMT2000 は、2GHz 近辺です。



目次に戻る   前に戻る   次に進む