◆ 電子回路を収容する容器は、ケース、フレーム 、筐体 、ボディなど色々な名で呼ばれています。この講座では、原則として、ケース の呼び名を使用します。ケースの主目的は、内部に電子回路等を収容し、物理的に電子回路等を保護することにあります。多くの場合、ケースの表面に表示器や操作スイッチ等を配置し、人間(オペレータ)に対する情報の表示、人間による操作の受付けなどの、マンマシンインターフェース の役割を果たします。
ノイズ対策の立場からは、ケースを、シールドに利用します。すなわち、外部からの放射ノイズを遮断し、または外部に放射ノイズを放出するのを防ぎます。
ケースにシールド効果を持たせるためには、ケースに導電性の材料を使用する必要があります。ただし、低周波の磁気に対しては、磁性体による磁気シールドが必要です。
◆ シールドは、シールドの対象物を、遮らなくても、ある程度のシールド効果があります。しかし、完全なシールドを行なうためには、完全に囲まれている必要があります。穴があると、穴から放射が漏れます。しかし、穴を無くすことは、意外に困難で十分な注意を必要とします。この章では、この問題を取り上げます。
ケースは、大形の筐体からポケッタブルの機器まで大小様々ですが、電子回路は、ほとんどがプリント基板に収容されています。
ケース内の配線は、プリント基板内のプリントパターンと、プリント基板間を結ぶ配線とに分けられます。後者のプリント基板間の配線を、ケース内配線 と呼ぶことにし、この章で解説します(12.(3)参照)。
◆ ケースは接地する場合があります ( この講座では、接地とグラウンドの言葉を区別して使っています)。接地の目的は2つあります。
フレーム接地 : 感電防止の保安を目的とする
シグナル接地 : グラウンドの電位を、より安定させる目的
フレーム接地は、元々強電機器で必要なものです。商用電源を使用する電子機器は、商用電源が一定の基準以上であるときは、フレーム接地が義務付けられます。このときは、接地工事基準にしたがった接地工事を必要とします。
◆ それ以外は、ケースを接地する法的規制は、ありませんが、次に示す効果があります。
完全に導電体で囲まれていれば、接地無しでも、電磁波に対する電磁シールドの効果があります(8(4-A))。
しかし、静電気放電に対しては、接地しなければ、効果がありません。フレームが接地されていないときは、フレームの電圧が上昇して、静電気放電を起こす可能性があります。静電気放電は、強烈なノイズです。シールドの目的に対しては、接地の必要が無いときでも、静電気放電を考えると、フレーム接地は、必要と考えられます。
◆ 完全ではなく、部分的にしか、導体で囲まれていないときは、接地しないと、シールドの効果はありません。
◆ ケースは、穴があると、穴によって、シールド効果が減殺されます(8.(5)参照)。しかし、ケースの穴を無くすことは、簡単ではありません。ケースの穴は、随所にあります。図.1で、名称を付けてあるところは、全て穴または、穴と同等の働きをする、継ぎ目です。継ぎ目の方が、通常の穴よりも、長さが長いことが多いので、この意味では、継ぎ目の方が、穴よりも、問題です。
◆ これらの穴や継ぎ目を完全に無くすことは不可能です。たとえば通気孔を塞ぐわけには行きません。しかし、穴は、長さを十分に短くすれば、実用上十分です。穴は、その長さに対応する波長よりも、短い波長の電磁波だけを通します(8.(5))。ローパスフィルタは、高い周波数帯域を阻止します。
穴の長さと、フィルタのカットオフ周波数とを適切に選ぶことによって、穴を通過して、内部の回路に乗ったノイズは、フィルタによって、取り除くことができます。
◆ 最も注意しなければならないのは、扉の隙間や、板の継ぎ目です。継ぎ目や隙間は、細くても、長い穴になります。板の継ぎ目が密着していても、塗装などで電気的に絶縁されていれば、電気的には、立派な穴です。密閉性を表現するのに、「水も漏らない」と言います。しかし、水が漏れなくても、電波は漏れます。
◆ 継ぎ目を導電性にする有効な方法の一つとして、シールドライン (導電性のパッキング)を使用する方法があります(図.2)。
◆ 扉などの可動部分には、フィンガー を使用します(図.3)。
◆ 通風孔などの開口部が大ききなるときは、金網 を張ります。ただし、普通の金網よりも、エキスパンドメタル の方が、有効です(図.4)。
◆ エキスパンドメタルは、図に示すように、ムクの金属板を広げたものです。普通の金網は、ワイヤを撚ってある部分の導電性が、不完全になる恐れがあります。この点で、エキスパンドメタルは、金網よりも勝ります。
◆ 穴よりもさらに悪いのが、電気的に浮いたところ の存在です。浮いたところとは、電気の導体で、グラウンドに接続されていない場所、したがって、容易に帯電する場所のことです。
浮いていると、アンテナ作用によってノイズを集めます。また、静電気が帯電し、帯電が、ある電圧を超えると、静電気放電を起こし、大きなノイズを発生します。
筐体で、浮いたところを作らないための対策として、たとえば、図.5 のような方法があります。
ケースの扉は、浮いたところになりやすので、注意が必要です。ケース本体と電気的に接続する必要があります。フィンガーの使用も有効です。もちろん、扉とケース本体との間に、長い穴を作ってはいけません。
◆ 図.6は、浮いたところに、なりやすい場所の例です。
◆ つまみのロッドが、浮いたところになっています。ロッドはケースの外に出ていますから、外部のノイズを集めます。そして、そのノイズを内部に撒き散らします。
対策は2つあります。1つは、ロッドをグラウンドに落すことです。もう1つは、ロッドをプラスチックにすることです。
◆ この例は、浮いたところがケースの外部に飛び出しているという、最も悪い例です。しかし、ケース内部であっても、浮いていることは、良くありません。必ずグラウンドするようにします。たとえば、プリント基板を固定するビスであっても、浮いていてはいけません。このビスを、グラウンドパターンでグラウンドに落とします。
◆ ケースがシールド効果を持つためには、導電性材料 を使用する必要があります。導電性があれば、薄い金属箔 (図.7)や、プラスチックへの金属コーティング 、導電性プラスチック (図.8)などでも、十分な効果があります(8.(4-B))。
◆ 図.9は、金網の効果を金属板と比較したものです。
◆ ケース内の配線には、大きなノイズを出すものもあり、極めてノイズに弱いものもあります。雑然とした配線は避けなければなりません。しかし、見た目に整然と美しくても、それだけでは、ノイズ対策上は不充分です。
配線は、平衡(ツイストペア線)が理想的ですが、通常は不平衡線になります。不平衡の場合でも、信号の往き線と戻り線であるグラウンド線とをできるだけ接近して走らせ、その面積が最小になるように努めることによって、加害/被害を共に減らします。
配線がループを画くこと、とくに大きな面積を持つことは、配線のインダクタンスを大きくします。配線のインダクタンスが大きいことは、ノイズ対策上好ましくありません。2重の意味で、避けなければなりません。
◆ ノイズの加害性の強い配線と、被害を受けやすい配線とを、平行、近接して走らすことは、避けなければなりません。互いの配線は、直交するのが良く、問題になる配線を近接させるときは、直交するようにします。最も悪いのは、ループを作り、そのループが重なり合うことです(図.10)。
◆ 配線の本数が多いときは、ハーネス (束線 )を作ります。当然同一ハーネス内の配線は、近接並行線になります。したがって、ノイズの加害性の大きいものと、被害を受けやすいものとを、同一ハーネス内に配置しないように、注意する必要があります。
また、異なるハーネスを並行して走らせないように、かつハーネスが、できるだけ短くなるようにします(図.11)。
◆ 図から分かるように、ハーネスの配線の良否は、配線の引き回し方よりも、それ以前のラックの配置と、コネクタの設置位置とに,支配されることが分かります。ケース内のラックの配置は、各種の制約があります。しかし、一般に、コネクタの位置と向きは、配線がうまく行くように決めることができますから、これを実行します。
また、信号配線と、電源/グラウンド配線との相互配置も重要です。とくに、AC電源配線と、その他の配線との分離は、絶対に守らなければなりません。(10、11参照)。
★ ケースは、筐体ともいいますが、語感としては、筐体というと、大きい据置のもの、ケースというと、持ち運びできる大きさのもの、という違いがありそうです。
★ ラックという言葉もあります。ラックというと、人によっては、ラグビーを、連想するかも知れません。ラグビーでは、ラックと似たものに、モールがあります。ラックの中では、ボールを手で扱うことができませんが、モールでは、手で処理することができます。
★ ラックとケースの違いですが、ラックは棚、ケースは箱ですから、オープンなものがラック(たとえば下図左)、クローズなものがケースでしょう。パソコンケースにも、変わったものがあります(下図右)。
★ その他、ケースの、いろいろを示します。