自動制御web講座

6. モータの制御

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6.3 スイッチング制御とカスケード制御


6.3.2. カスケード制御

6.3.2.(1) カスケード制御とは

◆ カスケード制御は、アドバンスト制御(5.3.(1))に分類されます。一般に、アドバンスト制御は、性能は高いのですが、使いこなすための技術が必要です。
しかし、カスケード制御は、PID制御の技術の範囲で処理できます。したがって、分かりやすく、それでいて、単純なPID制御では得られない、大きな効果があります。
また、アナログ制御でも、簡単に実現できますから、アナログ制御の時代から、利用されています。
モータの制御にも広く使われています。

6.3.2.(1-A) カスケード制御の構成

◆ カスケード制御 は、複数の制御ループを組み合わせることによって実現します。
図 6-3-26 に示すように、一つのコントローラの出力が、別のコントローラの目標値になります。

[図 6-3-26] カスケード制御の構成

カスケード制御の構成

◆ 図から分かるように、2 重のループを構成しています。
外側のループをメジャーループ そのコントローラをメジャーコントローラ 、内側のループをメジャーループ そのコントローラをマイナーコントローラ といいます。
メジャーコントローラが、主目的のコントローラです。
マイナーコントーロラは、補助であり、メジャーコントローラの制御成績を改善するためのものです。
アナログ制御では、コントローラが 2 台必要ですから、コストが掛かります。それでも、それに見合うメリットがあったわけです。ディジタル制御では、通常一つのマイコンに 2 台分のコントローラを、組込むことができます。
◆ モータ制御では、たとえば、メジャーコントローラの制御変数が回転速度、操作変数がマイナーコントローラの目標値であり、
マイナーコントロ−ラの制御変数が電流、操作変数が電圧、です。
マイナーコントローラは、追値制御になっています。
これは、追値制御用のコントローラを使用すれば良く、アナログであっても、特別なハードウェアを必要としません。このことから、カスケード制御は、アナログ制御の時代から、広く使用されてきました。

6.3.2.(1-B) カスケード制御の効果

◆ カスケード制御の効果は、制御成績の改善です。
1 台のコントローラを使用して、制御演算式を工夫することによっても、制御成績を改善することができます。
PID 制御においても、P 動作、PI 動作、PID 動作と、制御成績が向上します。
アドバンスト制御の一つの方向が、この延長線上にあります。
しかし、制御対象によっては、このカスケード制御など、複数のコントローラを組み合わせることによって、著しい制御成績の向上を期待することができます。
◆ カスケード制御において期待できる効果は、2 つあります。
第1は、追値制御における制御応答の高速化です。
第2は、外乱に対する制御応答の改善です。
これらの効果は、具体例によって説明します。

6.3.2.(2) モータのカスケード制御

6.3.2.(2-A) 概   要
6.3.2.(2-A-a) カスケード制御の効果

◆ モータ制御における、カスケード制御の期待効果は、追値制御における制御応答の高速化が主体です。
この効果は、マイナーコントローラを挿入することによって、メジャーコントローラから見た制御対象の特性が、見かけ上、改善されることによって得られます。
ある要素にフィードバックを掛ける と、応答速度が変化します。
1次遅れ要素にフィードバックを掛けたとき(図 6-3-27)、の応答速度の変化を図 6-3-28 に示します。

[図 6-3-27] 要素にフィードバックを掛ける

要素にフィードバックを掛ける


[図 6-3-28] フィードバックによる応答の変化

フィードバックによる応答の変化

緑から順に KP = -0.7、-0.3、1m、1、3、10

◆ 上段が実際の応答です。下段は、応答速度の違いが分かりやすいように、スケールを揃えてあります。
青( 3 番目)がフィードバック無し出力ので、以下順に水色まで、KP = 1、3、10 です。フィードバックを掛けることによって、出力値が減少し、応答が速くなっていることが分かります。
赤と緑( 2 番目と 1 番目)は、自動制御とは逆に、正のフィードバックを掛けたもので、順に KP = -0.5、-0.7 です。
正のフィードバック とは、フィードバック制御とは逆に、図 6-3-27でループに戻すときに、マイナスしないでプラスしたものです。正のフィードバックは、出力値を増加させ、応答を遅くしています。
フィードバック制御の効能は、外乱が入ったときに、外乱の影響を無くすことです。この効果は、図の出力値を減少させることの他に、応答を速くすることも寄与しています。
正のフィードバックは、出力値を増加させるだけでなく、応答速度遅くしますから、2 重のマイナスです。

◆ カスケード制御で、マイナーコントローラを挿入すれば、挿入しないときに比べて、メジャーコントローラにとっては、制御対象の応答速度が、速くなったように働きます。
これによって、追値性能が高くなります。
これが、カスケード制御の効果です。
マイナーコントローラは、メジャーコントローラの制御応答を速くするためのものです。マイナーコントローラ自体の追値性能が要求されるのではありません。したがって、オフセットを無くす必要はありません。
それよりも、応答を早くする方が重要です。I 動作は応答を遅くしますから、P 動作を使用するか、PI 動作を使用するなら、積分時間を大きくして、I動作による遅れを小さくします。PD 動作も有効です。
なお、カスケード制御は、応答を高速にします。高速になるほど、モデルには含まれていない、各種の要因が効いてきます。
以降に示すシミュレーション波形は、カスケード制御の有効性を示します。しかし、モデルには含まれていない要因による遅れが、実際には制御応答を悪くします。実際の応答との一致性は、必ずしもありません。

[コラム 6-3-1] 制御対象自体が持つフィードバック

★ 制御のために正のフィードバックを使用することはありませんが、制御対象自体が正のフィドーバックを作っていることがあります。
たとえば、プロセスの分野における、省エネのための熱回収は、正のフィードバックになっています。

プロセスにおける熱回収

★ プロセスで高温処理する場合に、原料を加熱してプロセスに装入します。
プロセスから取り出す製品は高温です。この熱を、熱交換器で原料に回収します。
この熱回収は、熱(温度)に関して正のフィードバックを作っています。
制御対象自体が正のフィードバックを持っていると、そのためにフィードバックが無いときに比べて、制御対象の遅れが大きくなります。
★ すなわち、熱回収は、省エネのためには必要ですが、制御の立場からはマイナスに働きます。

モータも、制御対象自体でフィードバックを持っています。しかし、負のフィードバックです。フィードバックによる遅れの増大はありません。
ただし、その代わりに、電流が微分特性を持つという、別の問題が発生しています。



6.3.2.(2-A-b) カスケード制御の種類

◆ モータのカスケード制御では、カスケード制御を複数組み合わせたものも、使われています。
モータにおけるカスケード制御の各種を、表 6-3-1 に示します。

[表 6-3-1] モータにおけるカスケード制御

-メジャーマイナーサブマイナーサブサブマイナー
速度電流--
×位置電流--
位置速度--
位置速度電流-
外部速度--
外部速度電流-
外部位置--
×外部位置電流-
外部位置速度-
外部位置速度電流

◆ ここで、外部とは、モータをマイナーとする、さらに外部のメジャーコントローラです。
モータをアクチュエータとして使用するときは、モータは、外部のコントローラの操作部になります。
そのモータ自身がフィードバック制御されているときは、カスケード制御になります。
モータ自体をフィードバック制御して、外部からのカスケード制御にすることも、外部コントローラの追値性能を高くすることが目的です。
外部がシーケンス制御などで、それらからの指令で動作するものは、追値制御ですが、カスケード制御とは呼びません。
しかし、その追値性能が要求されるときは、モータ自体のカスケード制御が有効です。
表において
◎ は、良く使われるものであり、それがさらに外部からカスケードされるものが、○です。
△ は、外部からのカスケード制御で、モータ自体のカスケード制御は無いものです。
×は、効果が期待できません。

6.3.2.(2-A-c) アナログ制御とディジタル制御

◆ カスケード制御は、アナログ制御でも、容易に実現できます。しかし、一般には、ディジタル制御の領分です。とくに、カスケード制御を複数組み合わせるときは、ディジタルが有利なはずです。
ところが、モータの制御においては、電流制御だけが、とくに高速です。このため、場合によっては、電流制御だけは、アナログ制御を使用した方が、経済的なことがあります。
カスケード制御のマイナーループとして、電流制御を使用する場合は、単純な P 動作で済みますから、回路も簡単です。

6.3.2.(2-B) 電流の制御
6.3.2.(2-B-a) 電流の定値制御

◆ 電流の制御 は、それ自体は制御の対象になりませんが、カスケード制御のマイナーループとして使用されています。
まず、電流制御単体について、調べて見ましょう。
電圧と電流の関係は、1次遅れですが、逆起電力によるループのために、減衰が無い場合には、微分特性を持ちます(6.1.5.(1-A-a)6.1.5.(1-B))。
微分特性は、定常値がゼロですから、本質的には制御不能です。減衰が小さいときも、実用上は制御不能です。
このため、電流の定値制御を行なうと、図 6-3-29 に示すよう応答になります。

[図 6-3-29] 電流の定値制御

電流の定値制御

緑 青 : P 動作、赤 黄 : PI 動作

◆ P 動作では、時間と共にオフセットが増大し、電流 CU が減少します。PI 動作では、オフセットは補償されます。そしてどちらも、電圧 VI は変化しつづけます。
この状態が長時間続けば、電圧 VI はリミット値に達して、一定となります。そして電流 CU は、制御不能となり、減少して、終にはゼロになります。

6.3.2.(2-B-b) マイナーループでは

◆ 電流の定値制御では、図 6-3-29 に示したように、操作変数(電圧 VI)がリミットに達すると、制御不能になります。
しかし、カスケード制御のマイナーループのときは、メジャーループの制御が正常に動作する範囲では、電流 CU の目標値が、電圧 VI がリミットに達する条件にならないように、変化してくれます。
ただし、カスケード制御が、リミットに掛かるのを防止する能力を、持っているということでは、ありません。
たとえば、非カスケードの単ループの速度制御でも、電圧 VI がリミットに掛かることがあります。このような条件のときには、カスケード制御においても、電圧 VI は、リミットに達します。

6.3.2.(2-B-c) 1次遅れ近似

◆ 電流制御においては、電圧 VI がリミットに達するまでの間の電流 CU は、時定数が電気的時定数である1次遅れ系を制御したのと、ほぼ同じ応答を示します(図 6-3-30)。

[図 6-3-30] 電流制御は、1次遅れ系の制御で近似される

電流制御は、1次遅れ系の制御で近似される

緑から順に 近似 PI 動作、P 動作、本物 PI 動作、P 動作

◆ 図で、PI 動作は、制御応答が、一致しています。
P 動作のときは、本物では現われる電流値の漸減が、近似の方には現われていませんが、その点を除いては、一致しています。
この差はありますが、図 6-3-31 に示す近似が成立します。

[図 6-3-31] 電流制御系の1次遅れ近似モデル

電流制御系の1次遅れ近似モデル

◆ ただし、Gc(s) はコントローラ、Go(s) は、モータの電圧〜電流部分以外の、ループ部分の特性です。
これは、フィードバック制御を行なったことによって、逆起電力による制御対象自体が作るループが無くなった、すなわちループを開いたのと、同じ応答です。
このような現象を、「自動制御が、制御対象自身が作るフィードバックループを開く効果」といいます。
この効果は、制御対象自身が持つフィードバックが、制御ループに対して、あたかも外乱として働き、制御ループが、この外乱を打ち消している、と考えると分かりやすいでしょう(図 6-3-32)。

[図 6-3-32] 外乱として働く

外乱として働く

[コラム 6-3-2] 正のフィードバックを開く制御

★ 「自動制御が、制御対象自身が作るフィードバックループを開く効果」は、 制御対象が、正のフィードバックを持っているときは、この正のフィードバックが無くなったようになりますから、応答が速くなります(6.3.2.(2-A-a))。
★ コラム 6-3-1 の例では、原料の加熱後の温度を自動制御します。この温度制御は、何の変哲も無い当たり前の温度制御です。しかし、この制御は制御対象が持つ正のフィードバックを打ち消す効果も持っています。
★ これもプロセス制御の例ですが、もう一つ、正のフィードバックを打ち消す効果をもつ、カスケード制御の例を示します。

反応器の制御

★ 化学プロセスにおける反応器の例です。発熱反応なので、ジャケットに水を流して、反応器を冷却しています。
このとき、冷却水をポンプで循環し、そこに、新しい水(図の水)を注入し、余分の水(高温)を上部(図の矢印)から捨てています。
★ 反応温度を一定するために、温度制御(TC-1)を行ないます。単独制御では、操作変数は新しい水の流量です(すなわち、TC-2 が無く、直接水量を操作します)。
★ しかし、この温度制御系では、十分な制御成績が得られません。この理由は、循環水が、温度に関して制御対象が作る正のフィードバックになっているからです。
★ このため、制御対象の遅れが非常に大きく、PID 制御しても、不十分なのです。
★ ジャケットに流入する循環水(新しい水との合流後)の温度を制御(TC-2)すれば、この制御対象が作る正のフィードバックを開くことができ、制御対象の特性を、大幅に改善することができます。
★ この系の主目的は、反応温度の制御(TC-1)です。したがって、図に示す、カスケード制御が有効です。



6.3.2.(2-B-d) スイッチング制御

◆ 電流制御にスイッチング制御を適用する場合には、スイッチング周波数は、電流制御に対して、適切な値にする必要があります。
しかし、マイナーループですから、電流の脈動を、無視できる大きさに押さえてしまう必要はありません。
メジャーコントローラの制御変数の脈動が無視できる程度に、電流の脈動を押さえることができれば、それで十分です。
スイッチング周期を電気的時定数の 1/10 にしたときの電流波形を図 6-3-33 に示します。

[図 6-3-33] スイッチング制御(電流 CU) PE=0.09ms

スイッチング制御(電流 CU) PE=0.09TE

緑から順に CU ス有、ス無、VI ス有、ス無

◆ 一概には言えませんが、この程度の波形で十分なことが、多いと考えられます。制御対象によっては、電流 CU は、さらに脈動が大きくても差し支えありません。


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